54、謝罪
その日の晩、俺が部屋に居るとミュンツェさんが訪ねてきた。
「今日は大変だったみたいだね。すまない。あの時君を残していくんじゃなかった。」
部屋の中に入ってきてすぐに頭を下げるミュンツェさんに、俺は慌てて声をかける。
「いえ、勝手にはぐれた俺が悪いので」
「それでも、私と彼に謝罪の機会を与えてくれないか。本当はすぐにでも謝りたかったんだが、国王に止められていてね」
国王が、ミュンツェさんを止めていた?
彼というのは、兵士さんのことだろうか。俺は若干の疑問を覚えつつ「分かりました」と頷いた。
「入ってきなさい」
ミュンツェさんが背後に声をかけると、「失礼します」と静かにドアが開いて緋色の甲冑が中に入ってくる。
兵士さんは兜を外すと、甲冑を鳴らして深く頭を下げた。
「本日は、誠に申し訳ありませんでした‼」
びりびりと衝撃が伝わってくるほどの大声で謝ってくる兵士さん。
その隣にミュンツェさんが並び、彼もまた深く頭を下げた。
「彼の主人として、また私個人としても本当に申し訳ないことをした。すまなかった……!」
一向に頭を上げようとしない二人に、俺はしどろもどろになりながら彼らにかける言葉を考える。
「あの、頭を上げてください。本当に、俺の不注意が招いたことなので」
そう言うと、二人はようやく頭を上げた。
その時兵士さんの素顔が露わになり、俺は意外と若いことに驚いた。ミュンツェさんと、そう年変わらないんじゃないか?
「彼に与える処罰は屋敷に戻ってからにするが、イツキは構わないかい?」
ミュンツェさんの言葉に、俺はギョッとしてぶんぶんと首を振る。
「いや、あの、本当に俺が悪いんで、兵士さんに処罰とかしないでください」
「しかし、そういうわけにも……」
困ったように眉を下げるミュンツェさんと俺のやりとりに、その時もう一つの声が加わった。
「自分が今日したことは、もしかしたら取返しのつかないことになっていたかもしれません。それほどの失敗を犯した自分を罰さないなど、自分が自分を赦せません。どうか、自分に処罰をお与えください……!」
「兵士さん……」
彼の語尾が震える。きっと今彼はものすごく自分を責めているのだろう。
ふと俺は閃き、口を開いた。
「……じゃあ、明日、街で花を売っているおばあさんから花を買ってきてくれませんか? その鎧姿で花を買って運ぶのって恥ずかしいと思うので、それが俺からの罰です」
俺の言葉に、部屋の中が静まりかえる。そんなにおかしいことを言ったかと俺が焦っていると、ミュンツェさんが噴き出した。
「それはいい! ならば花はとびっきり沢山買ってきなさい。そのお代は君の給金から引いておく。それが私からの罰だ」
俺とミュンツェさんから伝えられた言葉にぽかんと口を開けていた兵士さんは、次の瞬間俺達の前に跪いた。
「御意‼」
彼の声は随分と明るくなり、俺とミュンツェさんは顔を見合わせて笑い合う。
「それじゃあ、君は下がりなさい」
「ハッ!」
ミュンツェさんが下がるように指示を出すと、きびきびとした動きで兵士さんが退室していく。
「イツキ、本当にありがとう」
彼にお礼を言われ、俺は「いえ」と手を振った。
「ところで、顔色が冴えないけど何かきがかりなことでもあるのかい?」
顔を覗き込んできた察しのいい彼の問いに、思わずギクリと心臓が跳ねる。
「……私でよければ、話を聞くが?」
気遣う様子を見せるミュンツェさんに、「そんな、大したことじゃないんですけど……」と前置きしてから、彼に椅子を勧めた。
俺も、もう一つの椅子に腰を下ろし、口火を切る。
「街で迷子になった時、俺、道を聞こうと思って同い年くらいの男子に声をかけたんです。その人はすっげぇいい人で、城まで一緒に案内してくれたんです。でも、その人は俺が傭兵団の試験を受けに来たんだと勘違いしてたみたいで、俺もちゃんと説明しなかったから、そのまま受付しちゃって、大事になっちゃって……」
必死に説明する俺に、ミュンツェさんはゆっくりと相槌を打つ。
「でも、王様はその人が俺を試験で殺そうとしていたんじゃないかって言ったんです。俺が声をかけたのも、受付をしたのも、全部その人が謀ったんじゃないかって……」
「ほお」と話を聞きながら、ミュンツェさんは顎を摘まんで何かを考えているようだった。
「俺は、王様にその人のことを友達だって言ったんです。そしたら、王様は牢屋に入れられていたその人を解放してくれると言ってくださって、俺はその人を解放しに行ったんです」
いつの間にか、俺は拳を握りしめていた。
「でも、その人は俺に跪いて、喋り方とかも身分が上の人に対するみたいになってて……近くにいたその人が、急に遠ざかってしまったように感じたんです。それに、その人は俺のせいで今年の試験をもう受けられなくなってしまって、折角勝ち残っていたのに……!」
握りしめていた拳を更に強く握る。あまりにも力を込めすぎて、ぶるぶると小さく震えていた。
「イツキ。今君の立場は、私の庇護下に置かれている、ということになっているんだ」
今まで聞き手になっていたミュンツェさんが、ゆっくりと話し始めた。
「そして城にいる間は、国王の客人として扱われる。つまり、イツキは平民と比べれば立場自体は上なんだ。だから、その人がイツキに丁寧な物言いをすることは、なんらおかしいことではない」
彼の言葉が、心に重くのしかかる。
「しかし、話を聞いているとイツキはその人と対等に話したいようだね」
「……はい」
ミュンツェさんが、俺の心情を分かりやすく表す。
俺が俯いていると、不意に肩にポンと手が乗せられた。
顔を上げると、ミュンツェさんが優しく微笑む。
「だったら、普通に話せばいいじゃないか」
「え?」
意外な言葉に、思わず声が飛び出す。
「イツキだって、ルーやリックとは普通に話していただろう? それと同じように、その人とも普通に話せばいい」
彼の言葉に、目を見開いた。
「でも、その人とはもう会えないかもしれなくて」
「名前やどこに住んでるとか、聞かなかったのかい?」
ミュンツェさんの質問に、俺は少し考える。
「名前はベネで、確か王都の近くの村に住んでるって」
「それだけ分かってるなら、大丈夫」
俺と目が合うと、彼は笑みを深くした。
「屋敷に戻ったら、その人に手紙を書けばいい。大体の場所が分かれば、鳩が届けてくれる。もし本人に届かなくても、もしかしたら手紙を受け取った人がその人に届けてくれるかもしれない。それでも届かなかったら、その人とは縁がなかったと割り切る」
「どうだい?」と目元をくしゃりと歪ませて笑うミュンツェさんの提案に、俺は胸の中に何かがスッと入り込んだような気がした。
「……それ、いいですね」
唇が自然と笑みを浮かべる。
「俺、手紙書きます」
「そうか。悩み事は解決したようだね」
ポン、ポンと二回俺の肩を叩いて、ミュンツェさんは立ち上がった。
今まで抱えていた形容しがたいもやもやが、全てとは言えなくとも随分と晴れている。ミュンツェさん、心理カウンセラーの才能あるんじゃないか?
「話聞いてもらってスッキリしました。ありがとうございました」
「いや、イツキの役に立てたのなら何よりだ」
ドアを開け、廊下に出る直前、ミュンツェさんが振り返る。
「また明日。おやすみ、イツキ」
そう言い残して、彼は部屋を出ていった。