53、証言
俺は最初に面会した部屋で、国王を待っていた。
王座の後ろの扉がゆっくりと開き、バイオレットのマントを翻して国王が入ってくる。頭上では王冠が光を反射して輝いていた。
俺が跪こうとすると、「よい」と彼が制した。
「待たせたな」
国王は王座に腰掛け、足を組み、肘掛に肘をつく。
「それで? アレスティアから話しがあったが、その件で其方は余に物申したいことがあると?」
「……はい」
面白がっているような国王に頷くと、彼は薄っすらと笑みを浮かべた。
「ほう。いいだろう、申してみよ」
促され、俺は緊張にゴクリと生唾を飲み込んだ。
「べ、ベネは城まで俺を案内してくれただけです。街ではぐれてしまった俺が、偶々(たまたま)声をかけて、それでベネは俺を連れてきてくれたんです。傭兵団の試験を受けることになってしまったのは、俺がきちんと説明しなかったからで、だから、ベネは何も悪くないんです!」
必死に紡いだ俺の言葉に、国王はにぃっと口端を吊り上げる。
「ほう。其方が試験とやらで傷つけられたのも、奴は悪くないと」
「はい」
「其方が受付で名前を名乗ったことも、奴には関係ないと」
「……はい」
「其方が街で偶々(そなた)奴に声をかけただけと」
「はい……!」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
不意に吐き捨てられた言葉に、俺は凍り付いた。
「いいか、イツキ。其方は本当に偶々(たまたま)奴に声をかけたのか? 其方が声をかけやすい年頃の少年が本当に偶々(たまたま)街を歩いていたと? 受付にしても、奴は試験の受付だと言わなかったのだろう? それは偶然か? 意図的ではないのか? 奴は本当に其方を傷つけるつもりはなかったのか?」
国王の疑いに満ちた声が、突き刺さる。
「奴は試験のどさくさに紛れて其方を殺そうとしていたのではないか?」
「それは!」
極めつけとばかりに突き付けられた言葉に、思わず声を上げようとした瞬間、手を突き出されて声を遮られた。
「そういう世界で余達は生きているのだ。この国には『暗殺ギルド』なる組織もある。余もアレスティアもミュンツェも、少しでも油断すれば殺される。ミュンツェに関わった以上、其方も他人事ではないぞ?」
彼の言葉に息を呑む。『暗殺ギルド』という単語に、ゼスを思い出した。
考えたこともなかった。自分が、命を狙われる立場にいるなんて。
「それでも奴を庇うのか? 何故? 奴と其方と何の関わりがある?」
国王が容赦なく問い詰める。
「俺とベネは……」
『あ、君もなんだね』
『君は何を使うの? 何って、武器さ!』
『ほら、君も名前言って!』
言われてみれば、ベネとの会話の中で怪しいと言えなくもない部分はあった。
しかし。
『いいよ、僕も城に向かってるんだ。一緒に行こ』
『僕は王都の近くの村に住んでるんだ』
『僕には家族がいっぱいいるから、皆がお腹いっぱい食べられるようにどうしても団に入りたいんだ』
「ベネと俺は、友達です」
「ほう?」
俺の言葉に、国王が片眉を上げる。
「先程出会ったばかりで、友達だと?」
「はい!」
国王の問いに、俺はハッキリと言い切った。
「ふっ……ははははは!」
不意に国王が噴き出し、大声で笑い声を上げた。
「そうか、友達か。いいだろう。其方の愚かさに免じて、奴を解放しよう」
「あ、ありがとうございます!」
俺は勢いよく頭を下げ、感謝の意を伝える。
頭を上げると、彼がパチンッと指を鳴らす。
次の瞬間、背後の扉から執事さんが入ってきた。
「イツキを牢へ連れていけ。自分の手で友達とやらを解放したいだろう?」
「ありがとうございます」
もう一度お辞儀をし、俺は執事さんに続いて退室した。
執事さんは外に出て、闘技場と反対の方向に向かって歩いていく。彼の背中についていくと小さな建物が見えてきた。
その外では、兵士さんが二人、入り口を護るように立ち塞がっている。
「イツキ様、ご友人様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい。ベネです」
執事さんに名前を伝えると、執事さんは兵士さんと少し話し、兵士さんが鍵束を差し出した。
それを受け取り、執事さんは建物の中に入っていく。
俺達の後ろから兵士さんが一人ついてきた。見張りだろうか。
建物の中には地下へ続く階段が一つあり、そこを通って地下に降りたすぐの牢屋の中で、一人の少年が体育座りになっていた。
「ベネ!」
「イツキ!」
俺の声に気付いたベネが顔を上げる。
「今開けるからな!」
俺の呼び掛けに、少年が期待に顔を輝かせる。すぐに、執事さんが鍵を開けてくれた。
「ベネ、俺が悪い。ちゃんと、最初に説明するべきだった。早く、ここから出よう」
中に入り、ベネに手を差し出す。それを手に取りかけて、彼は手を引っ込めた。
「……この度は、ご迷惑をおかけしたこと申し訳ありません。イツキ様の寛大なお心に、感謝いたします」
「……ベネ?」
足元に跪いて平伏する少年に、戸惑いを隠せない。
「ベネ、顔を、上げてくれ」
俺が懇願するように言うと、ようやくベネは顔を上げて薄く微笑んだ。
「ありがとうございます。イツキ様」
様とつけられた俺と跪く少年の間に、その時確かな溝が刻まれていた。
ベネを連れて地下から地上に上がる。
ふと俺は思い出し、ベネを振り返った。
「ベネ、試験……」
俺の言葉が終わる前に、ベネは首を振る。
「いいんです。また、来年挑戦します」
そう言って、彼は再び薄い微笑みを浮かべた。
「本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
深々と頭を下げ、ベネは背を向けて歩いて行った。
後に残された俺は、しばらく動くことができずに少年の後ろ姿を、ただ見つめていた。