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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第二章 幻想の姫君
52/120

52、魔木のシロップ






 不意に影が落ち、横を見ると俺達の前に少女の背中が立ちはだかっていた。

 ドレスの後ろ姿。ローズピンクの縦巻きツインテールの後頭部。


 「これはどういうことです!?」


 王女はツインテールを揺らしながら、糾弾きゅうだんするような声を上げた。


 「姫様。今は団の試験中でございますが、いかがいたしました?」


 駆け足で近付いてきたフォルテさんがひざまづきながら、落ち着いた声で問う。


 「いかがいたしましたではありませんわ! なぜ街で行方不明になっていたイツキ様がここにいるのです!?」


 問い詰める王女の言葉に、フォルテさんが眉をひそめる。


 「失礼ですが、この者は何者なのです?」


 「イツキ様はお父様のお客様ですわ!」


 叩きつけるようにぶつけられた声に仰け反りながら、フォルテさんは驚いたように眉を跳ねさせた。


 「しかし、イツキ・カクシガミは自分から試験を受けに来ましたが……」


 「そうなのですか!?」


 フォルテさんの言葉に、王女が勢いよく振り返る。慌ててブンブンと首を振ると王女は、再び勢いよく首を戻した。


 「違うと言っていますわよ!」


 「おい、お前、どういうことだ?」


 フォルテさんは近くで跪いていた兵士さんを振り返った。


 「じ、自分が受付をしていた時、イツキ様? と一緒に同じくらいの少年が来ました。名前は確か……ベネと言ったはずです!」


 「おい聞こえたか! ベネは前へ!」


 兵士さんが上げた名前に、客席が騒めく。

 すぐに、真っ青な顔をした少年が客席の階段を駆け下りてきた。


 「ぼ、僕がベネです」


 「お前、自分が何をしたか分かってるか?」


 恐怖にどもるベネを、フォルテさんが容赦なく問い詰める。

 誤解だと伝えようと喉に力を込めようとした瞬間、胸の奥がズキリと痛み俺は思わず呻き声を上げた。


 「イツキ様! 今はイツキ様の治療が先です‼ フォルテはイツキ様を運びなさい!」


 「ハッ! お前はベネを連れていけ」


 王女の指示に、すぐさまフォルテさんが動き出す。

 俺はメリアの腕からフォルテさんに担がれ、ふと視線を感じて顔を上げるとベネがすがるような目で俺を見つめていた。


 「試験は一時中断とする。しばし待機せよ!」


 声を張り上げて指示を出し、フォルテさんは王女の案内で闘技場を後にした。

 あまりの痛みに意識が朦朧もうろうとしていたが、気付けば俺は城の部屋の前にいた。後ろに居たはずのベネの姿がいつの間にかなくなっている。


 部屋に入ってきた俺達の姿に、メイドさんが悲鳴を上げた。


 「セバスを連れてきなさい」


 「はい!」


 一人のメイドさんが駆けていく足音を聞きながら、俺はベッドの上に仰向けに降ろされる。


 「フォルテ、もう下がりなさい。この事はお父様に報告させて頂きますわ」


 「御意ぎょい


 王女達の声を聞きながら、俺は一瞬意識を飛ばした。

 次の瞬間、手首から温もりが流れ込む感覚に、俺は意識を取り戻した。


 視線を巡らせると、セバスチャンさんが俺の右手首に手を添えて目を閉じている。

 薄っすらと燐光を放ちながら、手首から全身を駆け巡る陽光を浴びた時に酷似した温もりを俺はぼんやりと感じていた。


 やがて光が徐々に小さくなり、セバスチャンさんが目を開ける。


 「イツキ様、聞こえますか?」


 「……はい」


 彼の質問に答えた声が掠れる。


 「痛みはまだ残っていますか?」


 セバスチャンさんの問いに、僅かに身じろぎすると鈍い痛みが身体を貫いた。


 「ぐっ……!」


 「ああ、どうやら魔力の問題のようですな」


 俺の呻き声に何かを納得したように頷いたセバスチャンさんが、ベッドの近くから居なくなる。


 「イツキ様、起き上がれますか?」


 次いで甲高い声が鼓膜を揺らし、視界にピンク色の縦巻きが映り込んだ。

 王女に言われた通り上体を起こす。一回鈍痛が響き、背中がビクッと震えたがなんとか起き上がることができた。


 「これをお飲み下さい」


 目の前に王女の手が差し出される。その手には一本の小瓶が握られていた。

 金色に透き通る液体の入った、エナジードリンクの半分程の大きさの小瓶を受け取り、蓋を取って恐る恐る呷る。


 その瞬間口の中に広がる、覚えのある味に思わず目を見開いた。

 その中身は、リックの家で食べたパンケーキのシロップの味とほとんど同じだった。


 ただ、あの時よりも濃密な香りが鼻の中に充満する。


 「それはラルシャンリ領の魔木のシロップですわ。魔木のシロップは魔力の異常を治す薬になるんですの。全てお飲み下さい」


 彼女の言葉に従い、瓶の中身を飲み干す。

 すると気のせいか身体がぽかぽかと温かくなってきた。


 「そうだ、ベネ! ベネはどうなったんです!?」


 連れていかれた少年のことを思い出し、俺はベッドのふちに手をついて身を乗り出す。


 「彼は今、取り調べが始まるまで牢屋に入れられています」


 「そんな、誤解なんです! ベネを放してください!」


 必死になって叫ぶ俺に、王女は静かに告げた。


 「それならば、イツキ様がお父様に証言する必要があります」


 「証言でも何でもします」


 俺がきっぱり言い切ると、彼女は俺を案じるような目をする。


 「身体はもう大丈夫ですの?」


 「もう平気です」


 王女に言った通り、痛みはかなり軽減されている。シロップの効果は絶大だ。

 俺の返事を聞いた彼女は、控えていたメイドを振り返った。


 「お父様に取り次ぎを」







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