49、迷子
「ほんじゃ、これが修理の詳細だ」
トーリスさんが羊皮紙を丸めて紐で括ったものを差し出し、ミュンツェさんが受け取る。
「ありがとう。それじゃあ、また」
「おう。イツキ君も、何かあったらまたおいで」
「あ、はい」
手を振るトーリスさんに頭を下げ、俺達は店を後にした。
裏道を歩いていくと、停めておいた馬車の姿が見えてくる。
「そうだ。イツキ、ここから城までさほどの距離はないし、護衛をつけるからゆっくり街並みを見て帰ってきたらどうかな?」
馬車の目前で足を止めたミュンツェさんが、思いついたように提案を口にした。
「え、でも、ミュンツェさんは大丈夫なんですか?」
「なに、下手なごろつきよりは実力はあるつもりだ」
そう言われて、ミュンツェさんの『絶壁』を思い出す。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂いてもいいですか?」
と俺が言うと、ミュンツェさんは頷いた。
「勿論。イツキを頼んでもいいかい?」
「ハッ! 畏まりました」
彼の問いに、兵士さんが敬礼で答える。
俺達はミュンツェさんが馬車に乗り込み、先に城に戻るのを見送ってから街を歩きだした。
「自分の傍から離れないようにしてください」
「分かりました」
歩道はかなりの人込みで、すれ違う人々の肩や腕が当たる。中には、尻尾が首筋を撫で背筋がぞくっとしたりもした。
「そこの、不思議な服のお兄さん」
不意に腕を引かれ、俺は思わず足を止める。
「花は要らないかい? 今日は綺麗に花開いたアルストロメリアも入ってるんだよ」
「え」
振り返ると、色とりどりの花が詰まった大きなバスケットを提げたお婆さんが、俺の腕を意外と強い力で掴んでいた。
「お兄さん、その服は他所の国の人かい? このアルストロメリアって花はね、ドラゴン様の内のお一人の名前を頂いた、とても立派な花なんだよ。一本買わないかい?」
お婆さんの言葉に、一瞬鼓動が大きくなる。
アルストロメリア。メリアと同じ名前の花。
「……いえ、今日は手持ちがないので。すみません」
「おやまあ、そうかい。それは残念だねぇ。私はいつもここにいるから、よかったらまた来ておくれ」
俺が断ると、お婆さんはようやく手を離してくれた。金を持っていないのは本当だしな。
「あれ? 兵士さん?」
その時、俺はすぐ近くに居たはずの兵士さんが、いつの間にか居なくなっていることに気が付いた。
「おい、マジかよ」
恐らく、花売りのお婆さんに腕を引かれた時にはぐれてしまったのだろう。俺は取り敢えず裏道に入り、人込みをやり過ごす。
「えー、どうしよ……」
呆然と立ち尽くしながら、俺は必死に頭を回転させる。本来ならば人とはぐれた時はその場から動かないほうがいいのだろうけど、このままだとミュンツェさんが言っていたごろつきに襲われないとも限らない。
最終的な目的地は城なのだから、兵士さんも最後は城に来るだろう。ならば、俺は城に向かおう。
そう結論付けたが、俺は城への道を知らない。
この街の人達が優しいことを期待して、俺は通行人の誰かに道を聞くことにした。
人込みを吟味していると、歩いてくる人々の中に、同年代の少年を見つける。
「あの」
彼が目の前に来た瞬間、俺は勇気を出して声をかけた。
「はい? なんですか?」
少年は足を止め、キョトンとした表情で振り返る。
「俺、城に行きたいんですけど迷子になっちゃって、道教えてもらえませんか?」
俺がそう言うと、少年は何かを納得したように頷いた。
「あ、君もなんだね。いいよ、僕も城に向かってるんだ。一緒に行こ」
「本当か? 助かる、ありがとうな!」
予想外に親切な返事に、俺は胸を撫で下ろした。
「君はどこから来たの?」
城に向かっている最中、少年は人懐っこく話しかけてくる。絶対こいつ陽キャだろ。
「俺はラルシャンリ領から来たんだ」
「えぇ!? 本当? 随分遠いところから来たんだね。僕は王都の近くの村に住んでるんだ。君は何を使うの?」
少年の質問に、俺は首を傾げる。
「使うって、何を?」
「何って、武器さ。僕はこの剣で戦うんだ!」
そう言う彼の右手が、腰に帯びられた剣の鞘に触れられる。気付かなかったけど、随分物騒なもん持ってんな。
「あ、見えてきたよ! あれが王城だよ」
その瞬間少年が前方を指差し、つられて俺も目線を上げる。
俺達は橋の前まで来ており、その先には巨大な城門と建物がそびえ立っていた。
「おおー、でっけぇな」
「すごいでしょ?」
俺が感嘆の声を漏らすと、何故か少年が自慢げに胸を張る。
そのまま橋を渡り、城門の下を潜って俺達は扉の前に控えていた、城の兵士さんの前に立った。
「ベネといいます。今日はよろしくお願いします! ほら、君も名前言って!」
「い、イツキ・カクシガミです」
ベネと名乗った少年に小突かれ、名前を名乗ると兵士さんが羽ペンで羊皮紙に何かを書き込む。
「もうすぐ始まる。すぐそこのホールで待機せよ」
「はい!」
ベネが返事をし、扉を開ける。
中に入ると、そこには多くの人で溢れ返っており、入ってきた俺達に幾つもの鋭い視線が送られた。
「君、イツキっていうんだね。お互い『団』に入れるように頑張ろうね!」
「だ、だんって何?」
聞き覚えのない単語を聞き返すと、ベネはキョトンとした顔をした。
「え? イツキも王国の傭兵団に入るために城に来たんでしょ?」