48、トーリスの武器屋
ハッと顔を上げると、カウンターに座っていた一人の女性が椅子から降りて近付いてきた。
艶のある鳶色の髪は一本の三つ編みに纏められ、きつく結われすぎてぎちぎちになっている。下半身はブーツと作業着っぽい長ズボンという防御力が高めなのに対し、上半身は露出が多く豊かな胸やヘソがチラッと見えていた。
力仕事をしているのか、がっしりとした肩、薄っすらと筋肉のついた腕や腹は肉体美という感じがする。
褐色の肌。濃い眉。厚い唇と、顔のパーツは一つ一つのインパクトが強く、凛々しい顔立ちは美しいが、どちらかというと勇ましいと言いたくなった。
そして、一番驚いたのは身長が物凄く低い。百四十……いや百三十センチ程しかないだろう。
「やあ、トーリス。久しぶりだね」
ミュンツェさんが声をかけると、彼女はにやっと口角を上げた。
「おう、ミュンツェ。頼まれたものは出来てるよ」
大声という訳ではないのに、芯の通った力のある低い声が部屋の中に響く。
「ところで、その子はどうしたんだい? まさか、お前さんの隠し子ってわけじゃないだろう?」
「まさか。彼はイツキ・カクシガミ。訳あって、うちの屋敷で暮らしてるんだ」
ミュンツェさんに紹介され俺が頭を下げると、彼女は腰に手を当てて仁王立ちした。
「ようこそ『トーリスの武器屋』へ! 自分は店主のトーリスっていうもんだ。イツキ君は、ドワーフに会うのは初めてかい?」
「あ、はい」
トーリスさんの問いに頷くと、彼女は屈託のない笑みを浮かべた。
「そうか。滅多に地下から出てこないから珍しいだろうけど、背丈がちっこいだけでお前さん達とそう変わらねぇよ。これから、よろしくな」
「よろしくお願いします」
差し出された手を握り、握手をする。ところで、地下から出てこないというのはどういう意味だろう?
「それじゃ、早速本題だ」
手を離したトーリスさんは、カウンターに戻り椅子の上に飛び乗った。
「まず、氷結塔の修理だがジジイ達で問題なく行えるそうだ」
「そうか、それは良かった」
トーリスさんの言葉に、ミュンツェさんが胸を撫で下ろす。
「それで、費用は?」
「大分ジジイ達にふっかけられたぞ」
というと、彼女は一呼吸置いてから値段を告げた。
「金貨200枚だ」
その額の大きさに、俺はギョッと息を呑む。確か、金貨一枚で屋敷一つ買えるくらいだから、単純に考えて屋敷二百個分か!?
「分かった。払おう」
しかし、ミュンツェさんは即座に頷いた。
流石、領主様は違う……!
「だが、ここで朗報だ。もう修理費用は貰ってるぞ」
「え?」
あっけらかんと言われた言葉に、ミュンツェさんが眉を顰める。
「誰からだ?」
「アレストレイル王からだ」
トーリスさんの口から告げられた名前に、彼は苦い顔をした。
「まったく、恩着せがましい……!」
ミュンツェさんらしからぬ言葉に、俺は思わず二度見した。
「まあ、良かったじゃないか、ミュンツェ」
トーリスさんの宥めるような口ぶりに、ミュンツェさんは溜息をつく。
「そうだね、じゃあせめてこれだけでも受け取ってくれ」
そう言うと、彼は上着のポケットから小さな小箱を取り出した。
受け取ったトーリスさんは蓋を開けると、尻上がりの口笛を吹いた。
「いいのかい、貰っちまって?」
「ああ、仲介してくれたお礼だ」
小箱の中には、親指の爪程の大きさの真っ赤な宝石が入っていた。
カッティングの施された宝石は、光を反射してキラキラと輝いている。
「じゃあ、遠慮なく」
と言うと、トーリスさんは宝石をつまみ上げ、突然口の中に放り込んだ。
「え!?」
驚きに目を見開いて短く声を零すと、宝石を口に含んだままトーリスさんが振り返った。
「ああ、イツキ君は知らなかったのか。ドワーフはな、嗜好品の一種として宝石を食らうんだ」
彼女の口がもごもごと動き、宝石が右頬に移動する。
「自然界の中でも宝石には多くの魔力が含まれている。ドワーフは、宝石の中の魔力を味わうことができるのさ。イツキ君は『ドラゴンティア』って知ってるかい?」
トーリスさんの質問に、今度は首を振る。
「そうか。ドラゴンティアとはな、ドラゴンの心臓にある宝石だって言われてるんだ」
トーリスさんの口の中から、小さく噛み潰すような音が聞こえる。
「ドワーフの憧れ、伝説の宝石。一体どんな味がするんだろうな?」
咀嚼をしながら、彼女はうっとりとした顔をして虚空を見つめた。
その宝石を想う恍惚とした表情に、俺は背筋に寒気が走った。