45、ご冗談を
一期とメリアが退室し、扉が閉じられる。
アレストレイルは肘掛に頬杖をつくと、足を組んだ。
「そういえば、イツキの足を治療していただいたようで。心よりお礼申し上げます」
ミュンツェがお礼を言うと、彼は「ああ」と思い出したように声を出す。
「セバスチャンが勝手にやったことだ。余は何もしておらん」
どうでもよさげに手を振ると、アレストレイルは足を組み替えた。
「ミュンツェ・ラルシャンリ。氷結塔の修理代を国から出してやろう」
「……なぜです?」
彼の言葉に、ミュンツェは警戒するように眉を顰める。
「なに、この国とて無関係ではあるまい。クラウン王国発展の為の、言わば投資のようなものだ」
飄々(ひょうひょう)と嘯くアレストレイル。
「その裏は?」
しかし冷静なミュンツェの言葉に、にぃっと彼の口角が吊り上がる。
「其方、余の元へ戻れ」
「お断りします」
アレストレイルの命令を、ミュンツェは爽やかな笑顔で即座に断った。
「ほう? 余の誘いを断るとは。それなりの理由があるのだろうな?」
笑みこそ浮かべているものの、鋭い眼差しはまったく笑っておらず相手を委縮させる圧を放つ国王に、ミュンツェは生唾を飲み込んだ。
「……ラルシャンリ家にはテネレッツァと交わした盟約があります。彼女には多くの恩義があり、一方的に違えることは出来ません」
「盟約など馬鹿馬鹿しい。現にエルフは問題を起こし、逃亡した。其方をあの場所に縛り付ける理由には足らん」
ミュンツェの言葉を、アレストレイルは切って捨てる。ミュンツェの奥歯が、ギシッと軋む。
「まあ、よい。其方の心変わりを待つとしよう」
「……恐れ入ります」
仕方がなさそうにフンと鼻を鳴らすアレストレイルに、ミュンツェは胸を撫で下ろす。
「しばらくは王都に残るのだろう? その間は城に滞在するがよい」
「王の寛大なお心に感謝いたします」
胸に手を当て、ミュンツェが頭を垂れる。そろそろ話しが終わりそうだと思った瞬間、「ああ、それと」とアレストレイルが続けた。
「イツキ・カクシガミ」
彼の口から出てきた名前に、ミュンツェの身体がピクッと反応する。
「あ奴の核、随分と厄介なことになっているそうだな」
何てこともないように言ったアレストレイルに、ミュンツェが息を呑む。
「……よく、ご存じで」
「なに、風の噂だ」
彼は頬杖をやめると、肘掛に両肘を乗せて指を組み、その上に顎を乗せた。
「話は通してある。アレスティアに診させよ。あ奴の無駄な研究も少しは役に立つだろう」
「随分とお優しいのですね」
にっこりと笑みを浮かべるミュンツェに、アレストレイルの口角が更に吊り上がる。
「知らなかったのか? 余は常に優しいのだぞ?」
「ご冗談を」
笑顔で吐き捨てたミュンツェの言葉に、アレストレイルは声を上げて笑った。
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背後で扉が閉じられると、一人のメイドさんが俺達の目の前に進み出てきた。
「イツキ様、メリア様。王妃からお二人にご挨拶がしたいとのことですが、お時間よろしいでしょうか?」
俺達の都合を伺うメイドさんに、俺がメリアの方を向くと「お好きになさい」と顔を背けられる。特に断る理由もなく、俺は頷いた。
「分かりました。大丈夫です」
「ありがとうございます。では、ご案内させて頂きます」
綺麗なお辞儀をし、メイドさんがくるりと背を向ける。歩き出したメイドさんの後ろについていくと、結構遠くまで歩いていく。
王妃様って、どんな人だろ? 王女様が国王とあんまり似てないから、母親似なのか?
すると、廊下の奥の方の部屋の前に、王女とセバスチャンさんが立っているのが見えてきた。そういえば、セバスチャンさんは普段姫に仕えていると言っていたか。
「イツキ様、メリア様。ご足労いただきありがとうございますわ」
王女の言葉に、セバスチャンさんが頭を下げる。確か、高貴な身分の人はやたらと頭を下げてはいけないとどこかで聞いたことがある。
「今王妃は病に臥せっており、正式なご挨拶ができません。なので、ベッドからのご挨拶になってしまいますが、ご了承ください」
セバスチャンさんが再度頭を下げ、ドアを開ける。王女に続いて寝室と思われる部屋の中に入ると、窓辺に天蓋付きの大きなベッドが置かれていた。
「セバスチャン、窓を開けて頂戴。お母様、イツキ様とメリア様がおいで下さいましたわよ」
「畏まりました」
王女の指示に従い、セバスチャンさんが窓を開けると風に乗って憶えのある匂いが鼻をつく。
木の匂い?
怪訝に思っていると、王女が天蓋の中に入り「あら」と声を上げた。
踵を返し、王女が天蓋を捲る。その時、ちらりと中が見え俺は思わず息を呑んだ。
「申し訳ありません。どうやら、眠ってしまわれたようです。また再度、ご挨拶させて頂きますわ」
王女の声が聞こえる中、俺はセバスチャンさんと目が合う。彼は視線で何も言うなと訴えてきた。
皆で連れ立って寝室から出る。セバスチャンさんがドアを閉めると、王女が手を合わせた。
「そうですわ。ワタクシお二人にお聞きしたいことがありますの。もしご都合がよろしいのでしたら、一緒にお茶でもいかがかしら?」
無邪気にきらきらと瞳を輝かせながら聞いてくる王女に、メリアが嫌そうに顔を顰める。
口を開きかけた彼女の肩を掴み、俺は囁いた。
「おい、断るなよ。相手は王女だぞ」
俺の言葉に、メリアが無言で睨む。俺の手を振り払い、彼女は溜息をついた。
「分かりましたわ」
「まあ! ありがとうございますわ」
メリアの手を取り、にこにこと微笑む王女にメリアの顔が引き攣る。
俺は心の中でメリアにエールを送った。