44、面会
国王が王女から王冠を受け取る。
金色の冠はずっしりと重そうで、中心部分には拳大の大きさの石が埋め込まれていた。その石は黒と見間違うほどの濃い紫をしており、周りにも様々な色や形の宝石が散りばめられている。
王女は王冠から手を離すと、俺達の方を振り返ってスカートの端をつまみ、優雅にお辞儀をした。
「ミュンツェから紹介がありました通り、ワタクシはクラウン王国王女、アレスティア・クラウンと申します。よろしくお願いいたしますわ」
そう名乗ると王女は早足で近付いてくる。
気付いた時には俺の目の前に立ちはだかり、両手で俺の右手を握り込んだ。
「貴方がイツキ様ですか? 不思議な響きのお名前ですわよね? どこのご出身ですの? 美しい御髪と瞳ですわね! 見慣れないお召し物ですわ。でもとても素敵! 昨日は体調が優れないとお聞きいたしましたが、もう大丈夫ですの?」
立て板に水のごとく質問をする王女の気迫に呑まれ、俺は思わずその場に固まる。というより、何から答えればいいんだ?
「アレスティア」
その瞬間、彼女を呼ぶ静謐な声が響き、部屋の中が一瞬で静まり返る。
王女はハッと息を呑むとゆっくりと振り返る。彼女の視線の先には、王冠を被った国王の姿があった。
「下がれ。客人に無礼であるぞ。そもそも其方はこの場に呼んでおらぬ」
先程の落ち着かない様子とは打って変わって、堂々とした佇まい。表情は鋭利さを宿し、声も冷ややかな響きを伴っている。口調すら一変していた。
「……失礼いたしました」
王の強い言葉に、王女は頭を下げて謝罪する。その語尾が微かに揺れ、彼女が気の毒になった。
そもそも王女様は王様の忘れ物を届けに来たのに、そんなキツイ言い方する必要あるか?
理不尽に叱られた王女は、俺達が入ってきた扉から静かに退室していく。
彼女が出ていった後、沈黙が降り注いだ部屋の中、国王は悠然と椅子に腰掛けた。
途端、ミュンツェさんがしゃがみ込み、片膝を着く。彼に目線で示され、俺も慌てて腰を落としかけ、メリアが突っ立ったままなのに気付き、肩を掴んでしゃがませた。
「ミュンツェ・ラルシャンリ。イツキ・カクシガミ、メリアと共に参上いたしました」
ミュンツェさんの言葉を受け、国王が頷く。
「遠方より、よく来てくれた。イツキ・カクシガミ」
「はい!?」
突然名前を呼ばれ、咄嗟に返事をした声が裏返る。
国王は俺を値踏みするように眺めると、ひっそりとした笑みを浮かべた。
「余はアレストレイル・クラウン。クライン王国の王を務めておる。其方の名、覚えておこう」
なんかいきなり目ぇ付けられたっぽいんですが、俺なんかしましたかねー?
「それと、メリアと言ったか?」
国王の視線が、隣へと移る。メリアは国王に呼ばれても、返事をしなかった。
「おい!」
思わず小突くと、彼女にじろりと睨まれた。え、俺が悪いの? 違うよね?
二人はお互いに無遠慮な視線を送る。だから何でガンとばしてんの? 相手は王様だよ?
俺とミュンツェさんが冷や冷やと見守る中、国王がふっと笑みを零した。
「ははっ、そうか。なるほどな」
何かを納得したように頷き、彼は足を組んだ。
「今回の要件は二つだ。まず一つ目だが、ミュンツェ」
「はっ!」
国王に呼ばれたミュンツェさんが、短く返事をする。
「氷結塔の修理の目安は立っているのか?」
確か、氷結塔とは俺とメリアが出会ったあの時計塔のことだったはず。
「はい。ドワーフと交渉中ではありますが、少なくともひと月以内には工事が始められるかと」
「そうか。あれが使えるようになれば、この国は再び時間という概念が定められる。可能な限り早く直せ」
「御意」
国王の命令に、ミュンツェさんが頷いた。あれって結構貴重なものだったんだ……。
「二つ目だが、其方のところのエルフが逃げたらしいな」
ミュンツェさんの眉がぴくりと動く。
「ミュンツェ、イツキ。その時の状況を説明せよ」
国王に求められ、俺達はあの時のことを思い出す。メリアには聞かなくていいのだろうか。
「魔力を察知し、私が屋敷から駆け付けた時には既にメリアとテネレッツァが衝突しておりました。その後、死神と黒いコートの人物が現れ、テネレッツァの元の子供を攫い、私の魔法が崩れイツキが怪我を負いました。死神は逃がし、テネレッツァと子供は現在行方不明でございます」
「えっと、俺はレティー……テネレッツァさんの家から追い出され、村に向かっている途中でメリア……さんが飛び出してきて、その後ろからテネレッツァさんとサラさんとシル……さんが追いかけてきて、それでテネレッツァさんが大精霊を召喚して、後はミュンツェさんの言っていた通りです」
簡潔にまとめたミュンツェさんの説明に比べたら、随分としどろもどろになってしまったが、何とか説明し終えて息をついた。
「……ほお。メリア、訂正はあるか」
「……ありませんわ」
国王の確認にメリアが仕方なさそうに答える。
「そうか。ならば、テネレッツァを指名手配とする」
「なっ!?」
唐突な言葉に、俺とミュンツェさんは目を見開いた。
「何を驚くことがある? 奴は強大な力を振るい、逃亡した。危険人物として十分すぎる理由であろうが」
そう言うと、国王はつまらなさそうに溜息をついた。
「何も処刑を命じた訳ではない。そう咎めるような目で見るな、ミュンツェ」
「……失礼いたしました」
無機物でも眺めるような目で眺めてくる国王に、ミュンツェさんは顔を伏せる。
「話はこれで終わりだ。イツキ、メリアは下がるように。ミュンツェは残れ」
彼の指示に、背後の扉が開く。
俺は国王に一礼すると、呆然と出口に向かって歩いた。
頭の中では、「指名手配」という単語がぐるぐると回っていた。