43、王と王女
「失礼いたします」
「失礼いたします」
「失礼いたします」
俺は問答無用で執事さん達に湯浴みの手伝いをされる。どっかで見たことのある光景だ。
すっかり綺麗に洗われた制服に袖を通すと、石鹸の匂いが微かに香った。
「お食事をお持ちいたしました」
汗ばんでいた身体が清潔になり、スッキリした気分になっていると、メイドさん達が部屋まで朝食を持ってきてくれた。
用意されたのは、白い粥のようなものと果物。
「ご朝食は消化の良い物をご用意させて頂きました」
城の人の気遣いに感謝し、食前の祈りを捧げて粥を掬う。
口に運ぶと、クセの強いミルクのような味と甘味が広がる。ミュンツェさんの屋敷で何度か食べたことがあるが、パンをミルクで煮て蜂蜜で味を付けたパン粥という食べ物がこの世界の病人食にあたるらしい。
何の乳か分からないが、最初はミルクの臭みに驚いて吐き出してしまったこともある。けれど頑張って飲み込むうちに段々と舌が慣れてきて今では何とか食べられるようになった。
食事を摂っている間に、執事さんから今日の予定を聞かされる。
「イツキ様はこのお食事の後、王との面会が控えております。その後は状況によっては変わりますが、基本的に予定は入っておりません」
王との面会という言葉を聞いて、危うく果物を喉に詰まらせかけた。
「面会では、ミュンツェ様、メリア様もご同席いたします。堅苦しい場ではありませんので、あまり緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
付け足された言葉に胸を撫で下ろす。俺一人かと思って焦った。
食事の量もそこまでなく、俺はすぐに食べ終えた。
食器を下げてもらって少し待つと、ドアがノックされ一人のメイドさんが入ってくる。
「イツキ様。ミュンツェ様、メリア様の準備が整いましたので、これからご案内させて頂きます」
呼びに来たメイドさんの後に続き、俺は部屋を出る。
昨日は余裕がなくてよく見れなかったが、廊下には巨大な絵画が幾つもぶら下がっており、所々(ところどころ)坪や彫刻なんかも置かれていた。
毛の長い絨毯の上を歩き、入り組んだ廊下を進んでいく。
ほぼ二週間使っていなかった右足は少し動きづらかったが、それでもしっかりとした足取りで歩くことが出来た。
やがて、大きな扉の前で立っている二つの人影が見えてきた。
「イツキ! 体調はもう大丈夫かい?」
俺に気付いたミュンツェさんが声をかけてくれる。
彼は見慣れない深紅のマントを羽織っていたが、下手な俳優よりも濃い顔立ちをしているミュンツェさんには違和感なく馴染んで似合っていた。
「はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」
「良かった、夜に熱が上がったと聞いていてね。元気になったなら何よりだ」
頭を下げると、ミュンツェさんはほっとしたように息をついた。
「おはよう、メリア」
俺はその隣にいたメリアに挨拶をする。
メリアはいつもと同じ白のワンピースとサンダル姿だった。今から王と会うのにそれでいいのか? まあ、俺も制服だけど一応正装だし。
彼女は顔を背けながらも口を開いた。
「……おはようございます」
おお、メリアが挨拶を返してくれた。
彼女にしては珍しく、思わず感動しているとメイドさんが咳払いをした。
「王の準備が整いました」
彼女の声に、ミュンツェさんが居住まいを正す。俺もつられて背筋を伸ばした。
メイドさん達は目配せをし、扉を開け放つ。
ふかふかの絨毯に豪華なシャンデリア。光を取り入れる窓枠は綺麗な細工が施され、きらきらと輝いている。
そして部屋の奥に備えられた立派な椅子の周りを、男の人がぐるぐると回っていた。
「えーっ、もう開けちゃったの!? ちょちょちょちょっと待ってって言ったじゃん! ああ、もうどうしようどうしようどうしよう……」
「……何をしているんですか、王」
テンパっているのか早口でぶつぶつと呟く男性に、ミュンツェさんが呆れたような声を出した。
背中の半分まで伸びた薄紫の髪はパーマをかけたようにうねっており、涙目になった瞳は透き通ったアメジストのようだ。本来ならば美しく上品に整った顔立ちなのであろうが、眉がこれでもかと下がった表情は「情けない」の一言に尽く。
身長はミュンツェさんよりも少し高いくらいか。見た目で判断するならば二十代後半か三十代前半に見えるが、言動が実際よりも幼く見せている可能性もある。
チョコレート色のブーツに、細身のズボン。藤色の上着には細やかな刺繍が施され、深いバイオレットのマントを翻してウロウロとせわしなく動き回る様は、彼のために設えた全ての物を台無しにしている。
「いやね、ミュンツェ~。ボクさっきまで王冠被ってたんだけど、どこかに置いてきちゃったみたいでさ~。今、他の者が探してるから、もうちょっと待ってくれない?」
「またですか! いい加減にして下さいよ。毎回毎回王冠がない王冠がないって、そんなに大事なものなら紐でもつけておけばいいじゃないですか!」
これまた珍しく声を荒げるミュンツェさんに、俺は軽く驚いた。彼の苛立った声に、国王と思われる男性は「ひえっ!」と悲鳴を上げて椅子の背に隠れる。
「そんな~、あれはお父上から受け継いだ大事な冠なんだよ~? 紐なんてつけて傷ができてしまったら大変じゃないか」
唇を尖らせる国王の言葉に、ミュンツェさんのこめかみに血管が浮く。
「だったら尚更大事に保管しておいて下さいよ! 大体何ですかその情けない態度は。本当に国を背負ってるお人なんですか? 貴方は! もっと王という自覚を持って堂々としてください!」
彼の鋭い指摘に、国王は「うっ!」と胸を押さえる。ミュンツェさんってこんなキャラだったか?
その瞬間、国王の後ろの扉が勢いよく開かれ、彼は飛び上がって驚いた。
「ひえっ!」
「お父様! またお忘れものですわよ‼」
ヒールを鳴らし、部屋の中に入ってきたのは一人の少女だった。
真っ先に目を奪われたのは、頭の横からドリルを二つぶら下げたようなローズピンクの髪の縦巻きツインテール。ツツジ色の瞳の目はツリ目で、薔薇色の唇もハッキリしており全体的にキツイ顔立ちとなっている。
ツインテールに髪を括るのは大きなリボンで、薔薇の花があしらわれた豪華なドレスは派手を通り越して最早目がチカチカする。
声は甲高く、よく通る。一歩間違えたら、鼓膜の負担が大変なことになりそうだ。
見た目はメリアよりは背が低い。年は十代後半だろうか?
彼女の手の中には、重そうな王冠が抱えられている。国王が探していた物はきっとあれだろう。
「ティア~、丁度それを探していたんだよぉ。良かった~、見つかって」
国王はへにゃぁと表情を崩し、少女に駆け寄る。頭を抱えていたミュンツェさんは、俺の視線に気が付き少女を手で示した。
「彼女はアレスティア王女。クラウン王国のお姫様だ。そしてその隣の情けないおじさんは、アレストレイル王。一応この国の王様だよ」
「酷いよミュンツェ~。情けないって、おじさんって、一応って……」
ミュンツェさんの容赦ない言葉に、アレストレイル王の自信が段々と萎んでいった。