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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第二章 幻想の姫君
41/120

41、出発






 本当に、今日出発するんだ。

 翌日、目の前で着々と準備が進められる馬車を、俺は唖然あぜんと見つめていた。


 「おはようございますー。イツキさん」


 背後から聞こえた間延まのびした声に、俺は振り返る。


 「ああ、おはよう。コー」


 松葉杖をあやつり、くるりと身体を反転させるとクリーム色の髪の少女は、淡く微笑んだ。


 「いきなり出発だなんてー、随分ずいぶん急な話でしたねー」


 「そうだな。昨日鷹が来たばっかなのにな」


 はたから見ると普通に会話しているように見えるだろうが、実際はかなりギクシャクしていた。

 なんせ、コーが泣いたあの日から、俺は彼女に避けに避けられまくって、実のところちゃんと話をしたのはあれから初めてだったりする。


 まあ、でも案外すんなりと会話できてよかった。


 「イツキ」


 その時、コーの後ろに立っていた金髪の少女に声をかけられ、コーが慌てて振り返った。


 「そろそろ出発するそうですわ」


 「分かった。ありがとな、メリア」


 わざわざ俺を呼びに来てくれたメリアにお礼を言うと、彼女はフンと鼻を鳴らして俺達の横を通り過ぎていく。

 避けられていると言えば、メリアとも最近はあまり会話をしていなかったな。


 「じゃあ、またな」


 「はいー。どうかご無事でお戻り下さいー」


 お互いに手を振り、俺はメリアの後を追う。

 馬車の前に来ると、近付いてきた兵士さんに唐突とうとつに担ぎ上げられ、俺は驚いて声を上げた。


 「うわっ!」


 「失礼します」


 落とした松葉杖をメイドさんが素早く回収し、兵士さんは馬車の中に上がる。

 向かい合った座席の片方には両端にクッションが置かれ、一つは壁に沿うように長細い形をしていた。

兵士さんはクッションの置かれた方の座席に俺を下ろすと、無言で降りていく。


 次いで上がってきたメイドさんが松葉杖を足元に置いた。


 「イツキ様。おみ足をクッションの上へ乗せて頂けますか?」


 メイドさんの指示に従い、両足をクッションの上に乗せる。


 「振動がお怪我に障らぬよう、緩衝材かんしょうざいをご用意させて頂きました。移動中は背中のクッションにもたれかかって頂くと幸いです」


 そう言うと、メイドさんは「失礼します」と言ってひざ掛けをかけてくれた。

 至れり尽くせりで若干申し訳なさを感じつつ、俺はお礼を伝える。


 「あの、何から何までありがとうございます」


 「いえ。皆さまのご無事をお祈りしております」


 メイドさんはにっこりと微笑むと、腰を折って綺麗なお辞儀をし、馬車を後にした。

 少し待つと、ミュンツェさんとメリアが乗り込んでくる。


 「すまない、待たせたね」


 「いえ、大丈夫です」


 二人は俺と反対側の座席に座る。

 すっかり慣れてしまっていたが、改めて見ると超美形の二人が並んでいる姿は物凄く絵になり、何かの劇の表紙にでもしたいほどだ。


 そう思った瞬間、ガタンと車体が揺れた。

 ゆっくりと馬車が動き出し、俺は窓から外を見る。


 執事さんやメイドさん達が深々とお辞儀をする中、臙脂色えんじいろのポンチョがやけに目立つ。

 屋敷の敷地内から出て、徐々にスピードが上がっていく。


 段々と揺れが落ち着き、俺は肩の力を抜いた。

 今回、城に向かうメンバーは、ミュンツェさん、メリア、俺、御者さんが二人と、兵士さんが二人。


 馬車は二台用意し、一台は俺達が乗ってもう一台は荷物を運んでいる。

 にしては、やけに大荷物なような気もするが……。


 「イツキ、お嬢さん。これから王都までは片道六日ほどかかる。夜は宿屋で休息を取る予定だから、時間はかかるが負担は少ないはずだ」


 「六日!?」


 ミュンツェさんの口から出てきた言葉に驚愕きょうがくする。片道ほぼ一週間なんて、多くて二泊三日の旅行しかしたことのない俺には考えられなかった。


 「ラルシャンリ領は特に王都から離れているからね。本当なら私一人で済む話なのだが、君達も付き合わせてしまって申し訳ない。まったく、王も何を考えているのやら」


 苦々しく顔を歪めるミュンツェさん。どうやら彼と国王はあまり仲が良いという訳ではないようだ。

 そこからは特に会話はなく、俺達はそれぞれ窓の外を見たり本を読んだりと自由に過ごしていたのだが、馬車の小刻みに揺れる振動が丁度良く眠気を誘い、俺は何度か寝落ちしながらも必死に瞼を上げて抗っていた。


 「イツキ、寝ていいよ」


 不意に声をかけられ、俺はビクッと跳ね起きる。

 顔を横に向けると、ミュンツェさんが本から目を離して笑いを噛み殺し、メリアが呆れたような顔で俺のことを見ていた。


 「時間はたっぷりある。我慢することはないさ」


 「あ、はい。すみません、ありがとうございます」


 少々恥ずかしい思いをしながらも許可を得た俺は、背中のクッションに全体重を預ける。

 用意してもらったクッションは頭までちゃんと受け止め、ひざ掛けのぬくぬく感と心地よい振動は一瞬遠ざかった眠気をあっという間に連れ戻してきた。


 ウトウトと微睡まどろんでいた俺は、目を閉じるとすぐに眠りの海に落ちた。



========================================



 「……よく眠ること」


 すやすやと寝息を立てて熟睡している一期を横目で眺め、メリアがぼそっと呟く。


 「怪我を治すために体力を消耗しているんでしょう。それにこの年頃の時は、私も眠くて仕方がありませんでした」


 「この年頃と言ったって、貴方イツキとそれほど離れていないでしょう」


 「そうですかね」


 ミュンツェは本を閉じて膝の上に置く。そして、メリアに顔を向け口を開いた。


 「……なぜイツキに血を使わなかったのですか?」


 彼の言葉に、メリアは視線を送る。


 「……何のことでしょう?」


 「いえ、貴女様の力ならばイツキの怪我など一瞬で治すことが出来るはず。それをえてしないのは、何か理由がおありなのかと」


 穏やかな笑みを浮かべながら問うミュンツェに、彼女は肩をすくめてみせた。


 「さあ? どうでしょう?」


 しらばっくれるメリアに、ミュンツェは笑みを深める。

 静かになった馬車の中で、少年の寝息だけが響いた。







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