4、火花(1)
「無礼者、て、えー……?」
突然無礼者呼ばわりされた俺は、思わず振り払われた手と少女を交互に眺めてしまった。
少女は棺の中で起き上がると、突然目を瞠り、ハッとしたように胸の上に手を置いた。
「なくなってる……リオン、ライナード……よくも…………っ!」
ワンピースの胸元を握りしめる少女の顔は激しい怒りに彩られており、人間離れした美貌も相まって鬼神のごとき迫力がある。
うわー、美人が起こると怖えって言うけどホントだったんだなー。何やったんだよ、リオンさんライナードさん。
正直いって近寄りたくない。俺が顔を引き攣らせて見守っていると、やがて周囲に漂っていた不穏なオーラが掻き消え、少女が一つ大きく深呼吸をする。
そして俺に目を止めた瞬間、再びその金色の瞳が大きく見開かれ、俺もまた少女の瞳に吸い寄せられるように目が離せなくなった。
ドクンッと大きく跳ねた鼓動をどこか他人事のように聞いた。
左手が熱い。小指に全ての熱が集まっているようで、燃えているようだ。
少女が顔を伏せる。それにつられるように左手に目を落とすと、今まで不思議と引きずることなく、道しるべとなっていた糸が熱せられたように赤々と発光していた。
その先を目で追うと、細く華奢な指へと繋がっており。
「どう、して……?」
か細い声が耳朶を打つ。
俺と少女は、互いの左手の小指が一本の赤い糸で繋がっていた。
その瞬間、バチッと何かが爆ぜたような音が聞こえ、目を向けると糸の中心から金色の火花が散っていた。
「うわっ!」
火花は二つに分かれ、それぞれ少女と俺の元へ糸を伝って燃え広がっていく。
火の粉から逃れようと慌てて手を引っ込めるが、火花の方が一瞬早く、咄嗟に目を瞑ったが予想したような熱さは感じられず、恐る恐る目を開けると。
小指の根元で火花が盛大に散っていた。
「うおぉおお!?」
衝撃的な光景に思わず奇妙な悲鳴を上げ、ふと少女の方を見る。
少女は複雑そうな切ない表情を浮かべて、小指を見つめていた。
彼女の瞳に火花が映り、まるで湖畔に揺らいだ夜空の花火のようで。
少女を見た瞬間、不穏な動きをし始めた心臓に必死に「落ち着け!」と命令を出す。
小指に絡まっていた糸の端まで燃えると、火花が弾けとび、それと同時に燃えていた糸もふっと掻き消えるように姿を消した。
不意に訪れた耳が痛くなるほどの静寂。
先に沈黙を破ったのは、少女の方だった。
「貴方は……わたくしのことを……憶えて、いますか…………?」
たどたどしく紡がれた言葉は、叱責を恐れるようにも、何かに縋るようにも聞こえる。
「……ごめん、分からない。俺達、どっかで会ったことある?」
しかし、生憎俺は少女と会った憶えがない。俺の言葉に、少女の瞳が落胆に染まるが、その顔がどこかほっとしているようにも見えて俺は怪訝に感じた。
「そう……そうですか……ならば、わたくしは――――……」
少女は一人呟くと、そっと目を閉じる。
棺の中で凍った花々に囲まれながら、天を仰ぐその姿は気高く。けれども何故だかとても哀しく見えて、俺は少女の頬に伝う一筋の涙を幻視した。
その瞬間、外から爆発音が響くと同時に塔全体に激しい振動が伝わる。
「なっ、今度は何だ!?」
大きな横揺れに咄嗟に俺は棺の淵に手をかけ膝をつき、少女はカッと目を見開くと鋭く視線を走らせる。
揺れが治まったのも束の間、階下から複数の足音とガチャガチャという金属音が木霊し、次の瞬間、階段からぞくぞくと人影が流れ込んできた。
鎧? それに、剣!?
胸に紋章の刻まれた緋色の甲冑。腰には紅い革の鞘を帯びており、統率の取れた動きで迷いなく俺達の周りを包囲すると、どこからか兜越しのくぐもった声が飛んできた。
「貴様等。時計塔の崩壊について話を聞かせて貰いたいのだが、我々と同行願おうか」
有無を言わさぬ物言い。張り詰めた空気に完全に呑まれ、俺は返事をすることも頷くことすらできない。
「お断りさせて頂きますわ」
その時、凛とした鈴を転がすような声が空気を切り裂いた。
周囲にざわめきが走る中、少女は棺の中から起き上がってサンダルに足を通し、スッと立ち上がる。
「悪いが、貴様等に拒否権はない。反抗するようであれば、こちらにも考えがある」
そう言うが早いが一人の兵が走り出し、少女に向かって突っ込んでいく。
「ちょ、待って!止まってくれ‼」
俺の呼びかける声も空しく、兵士は雄叫びを上げながら少女に手を伸ばす。
「貴方は黙ってなさい」
その瞬間、少女の姿が一瞬掻き消え、兵士の身体が軽々と宙を舞った。