38、後日談(1)
あの後、屋敷の兵士さん達が駆けつけ、俺達はミュンツェさんの屋敷へと運び込まれた。
俺は奇跡的に落下してきた瓦礫同士が支え合い、できた空間に閉じ込められていたので、圧死されることは免れた。
それでも破片で左目の上の額を切り、右足を瓦礫に挟まれて骨折するというそこそこの大怪我を負った。
リックやミュンツェさんは軽く痣ができた程度の軽傷。
コーは魔力で身を護っていたお陰か、あんなに激しく戦ったのに全身に打撲ができた程度で済んだ。
メリアはレティーさんに右腕を抉られたのにも関わらず、屋敷に運ばれた時には既に完治していた。
そしてレティーさんは、皆が目を離した隙に居なくなりシルと共に行方不明となっていた。
彼女達と同様に、ツリーハウスのディーネさんやムーも居なくなっている。
そして、ルーを追ったサラさんもまた、帰ってこなかった。
兵士さん達が一晩捜索したが、ゼスやコートの人物は見つからず、それは即ちルーが見つからなかったということを示している。
ミュンツェさんは領内に事触れを出し、警戒を高めると共に再び襲われる可能性のあるコーを屋敷で保護した。
「なんだか、大変なことになっちまったな」
ベッドに横になり、天井を見上げていた俺は視線を横に向ける。
「そうだね。傷はどんな調子?」
「大丈夫と言いたいとこだけど、本音は結構痛ぇ」
椅子に腰掛け、俺を気遣うリックに苦笑いを返す。
俺の頭にはぐるぐると包帯が巻かれ、右足も同様に添え木と一緒に包帯でぐるぐる巻きにされている。処置は執事長さんが全てやってくれた。あの人なんでも出来るな。
正直、人生最大の大怪我に身体は悲鳴を上げ、この前までは熱も出ていた。昨日の晩にようやく下がり、お見舞いも今日から許可されたのだ。
「そういや、リックはどう?」
自分の目を指差して尋ねる俺に、リックは「ああ」と微笑む。
「まだちょっと変な感じはするけどね。大分上手く切り替えられるようになってきたかな」
そう言う彼女の瞳は、淡いライトブラウンになっている。
あの事件の後、リックの視界は俺達と同じように色で見えるようになっていた。
一見、彼女は力を失ってしまったようだったが、どうやらそうではなくリックの中でスイッチの切り替えができるようになったらしい。
今では彼女の意思で、通常時の茶色の瞳と魔法発動時の虹色の瞳になることができるようになっていた。
「でも、一体何が良かったんだろうな?」
長年リックが苦しんでいた魔法が、急に操れるようになった原因が分からない。
俺が何気なく疑問を口にした途端、リックが分かりやすく挙動不審になった。
「え、あ、いや、そのー、な、なんなんだろね?」
急に顔色が変わった彼女を怪訝に思いつつ、ふと気になっていたことを思い出す。
「そーいや、あの大精霊、メリアのこと『アルストロメリア』? とか呼んでたけど、そもそもドラゴンって何なんだ?」
俺の問いに、落ち着きなく視線を巡らせていたリックがピタリと停止した。
「……ドラゴンは、亜人の種族の一つで世界最強の種族とも言われているんだけど、見た人は全くいなくて、お伽話の一つになっているんだ。」
彼女の声が、静かな室内に吸い込まれる。
「その姿は巨大な蜥蜴に翼が生えた如く。鱗や牙、爪は一つ一つがとても固く鋭い。口から吐き出す炎は全てを焼き払い、彼らの血は瀕死のものを蘇らせる癒しの力を持つ。
ドラゴンと呼ばれし者は四人。『黒のクオン』、『橙色のエレヴィオーラ』、『青のライナード』、『金のアルストロメリア』。
彼らは『東の果て』にて住み家を構え、そこから出てくることはない。彼らが地上に降り立つその時は、世界の終わりを意味するだろう」
リックが話し終え、静寂が降りる。俺が生唾を飲み込んだ音が、やけに響いた。
「……メリアが、そのアルストロメリアなのか?」
「私には分からない。でも、彼女の魔力は今まで見たこともないくらい輝いていた。あの人がドラゴンだって言われたら、納得するくらいね」
メリアの強さ、傷の治りの速さへの疑問が、ドラゴンだということによって氷解していく。
「でも、そうするとおかしいんだよ」
リックの声に、顔を上げた。
「ドラゴンの魔法は火属性。コーに聞いた話だと、あの人は氷の魔法を使っていたんだろう? ドラゴンが氷の魔法を使うなんて、あり得ないんだ」
「それに」と彼女は続ける。
「あの人の魔力、少し違和感がある。もしかしたら、そう単純な話じゃないのかもしれない」
「単純な話じゃ、ない……?」
リックの言葉を繰り返す。
メリアに近付いたようで遠ざかったようなもどかしさに、頭を掻こうと手を伸ばして止める。そういえば、包帯を巻いていたんだった。
「あ、そだ。もう一つ聞いていいか?」
そこでもう一つ疑問だったことを思い出した俺は、リックに確認を取ってから尋ねた。
「なあ、ドラゴンの呪いって何か分かるか?」
「ドラゴンの、呪い?」
彼女は眉根を寄せ、虚空を見つめる。
「……分からないな。何かあったの?」
「いや、別に」
咄嗟に言葉を濁し、俺は顔を背ける。
なんとなく、赤い糸のことは言ってはいけないような気がした。
「ふーん、まあ、イツキの左手の小指から伸びてる魔力のこととか、言いたくなったらいつでも言いなよ」
「ああ、ありが――」
聞き流そうとした俺は、ギョッと息を呑んで振り返る。
「あ、当たり?」
悪戯っぽく笑うリック。その瞳が虹色に変化していた。
「おまっ、卑怯だぞ!」
「ごめんごめん。ま、ホントいつでも話くらいは聞くからさ」
椅子から立ち上がり、ドアノブに手をかけた彼女が立ち止まる。
「……ねぇ、イツキ」
「ん?」
リックは背を向けたまま話す。
「六年ぶりに見た世界はね、きらきら輝いてて、たくさんの色があって。私には眩しいくらい綺麗だった」
「うん」
彼女が振り返る。
「私ね、この目が治ったら皆の顔が見たいって思ってたの。いつも傍に居てくれる人達は、どんな顔をしてるんだろうって、ずっと考えてたの」
俯いていたリックが顔を上げる。その薄茶色の瞳がぐにゃりと歪んだ。
「でもね、皆いなくなっちゃった。先生も、ルーも、シルやサラ、ディーネやムー。コー以外の人、全員いなくなっちゃった」
彼女の顎から、水滴が伝い落ちる。
「ねぇ、何がいけなかったのかな? 私が先生の苦しみに気付けなかったから、あの時先生に何も言えなかったからこうなっちゃったのかな?」
「リック……」
リックはドアを開け、廊下に出る。
「イツキは凄いね。私とは違って行動して、ちゃんと大事なものを守ったんだから」
「リック!」
ドアを閉める直前、彼女の声が微かに聞こえた。
「助けてくれてありがとう、イツキ。でもね、私は駄目だ……」