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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
37/120

37、ピース






 ゆっくりと傾いてきた壁は途中で崩壊ほうかいしながら、がらがらと欠片が落ちてくる。

 半分消滅したといっても、二階建ての建物程は残っている。それが迫り、俺は沸き起こった恐怖心に足が縫い留められた。


 「嘘だろ!?」


 腕で顔を庇い、その場に立ち尽くした俺は視線だけを巡らせた。

 大混乱だった。俺の隣ではリックが両腕で頭を抱えて身をすくませ、ミュンツェさんはコーを止めるので精一杯になっている。レティーさんは動けないのかその場に座り込み、シルとメリアが俺達の方へ駆け付けようとしていた。コートの人物は亡霊のように佇んでいる。


 その時、風切り音が耳を突いた。

 振り返ると、立ち止まったメリアの右腕から血が噴き出していた。彼女が握っていた剣を取り落とす。


 「あなた、こんな時に――ッ!」


 顔を歪め、メリアが鋭い目を向けた先には、呆然と自分の手を見つめるレティーさんの姿があった。

 刹那せつな、壁が嫌な音を立てて本格的に崩壊する。


 「イツキ! リック‼」


 咄嗟とっさにリックを引き寄せた瞬間、甲高い声が俺達の名を呼んだ。

 その時、不意に視界がかげり、上を向くと大きな瓦礫がれきが幾つも俺達の上に落ちようとしていた。


 「マジか‼」


 ドクンッと心臓が跳ねる。その動きに釣られたように足がよろめき、俺は尻餅をついてしまった。


 「~~~~~っ!」


 リックが声にならない声を上げ、俺を立ちあがらせようと屈もうとした。

 その足首を掴み、俺は思いっきりリックを押した。


 俺の予想外の行動に、リックはなす術なく仰向けにひっくり返る。その身体を、シルが受け止めた。


 「シル! 行け‼」


 俺がそう叫んだ瞬間、視界が暗くなる。


 「「イツキ‼」」


 リックとシルの声が重なった。刹那、俺の目の前を瓦礫がれきが塞いだ。



========================================



 シルに抱きかかえられるような形で瓦礫がれきの下から脱出したリックは、地面に降ろされてから幼い少女の姿をした精霊を怒鳴りつけた。


 「シル‼ どうしてイツキを助けなかったの!?」


 「あの状況じゃ仕方ないでしょ‼」


 シルは怒鳴り返し、両手を強く握った。


 「イツキは転んでたし、シルはリックを抱えてた。風を出そうにも、イツキの頭の上には瓦礫がれきがあって、もう間に合わなかったのよ……」


 シルは泣いていた。手を握り、目に力を入れて。それでも溢れる涙が、彼女の頬を伝う。

 シルの涙を見て、イツキの目の奥が熱くなる。


 「じゃあ、イツキは……」


 「盛り上がってるところ悪いのですが、イツキは生きていますわ」


 背後から聞こえた声にギョッとして振り返ると、ドラゴンの少女が傷口を押さえて立っていた。

 リックがギョッと息を呑み、思わず後退りをする。


 大精霊様は、彼女のことをアルストロメリアと呼んでいた。

 本当に、この少女があのアルストロメリアなのか?

 怖気づいてしまいそうな足を叱咤しったし、リックは尋ねる。


 「イツキが生きてるって、何で分かるんですか?」


 「わたくしには彼の生死が分かるようになっているからですわ。あそこを掘り返せば、イツキが出てくるはずです」


 少女の答えになっているような、なっていないような回答にリックは首を傾げる。その時、少女の左小指から細い魔力が伸びていることに気が付いた。


 「あの、もしかして、その魔力で分かるんですか?」


 赤い魔力を指差し問うと、少女が驚いたのが気配で分かった。


 「……そうですわ」


 彼女は短く肯定し、リックの横を通って瓦礫がれきに向かう。

 少女は瓦礫がれきに手をかけると、一つ一つどかし始めた。


 「……こんなところで、貴方を失ってたまるもんですか……わたくしは……!」


 少女が小さな声で何かを呟いている。彼女を手伝おうとした時、突風が吹き荒れ、複数の瓦礫がれきがふわりと浮いた。


 「瓦礫がれきはシルが片付ける。この方が手っ取り早いでしょ? アンタは場所を教えなさいよ」


 一瞬交差したシルと少女の視線から敵意がぶつかり、すぐにお互い目を逸らす。


 「……こっちですわ」


 「了解」


 少女の指示にシルが従う。その時、「リック」とシルに名前を呼ばれた。


 「リックの目で、イツキがどの辺に埋まってるか分からない?」


 彼女の言葉に、リックは首を振る。


 「ごめん。この瓦礫がれきは領主様の魔法だから、領主様の魔力に紛れてイツキの魔力が見えない」


 「そっか。分かったわ」


 シルは落胆らくたんした様子を見せずに作業に取り掛かった。

 シルの風が瓦礫がれきの隙間を通り、一つ一つを包み込んで端に寄せる。いつもの彼女ならもっと豪快ごうかいにやるのだろうが、流石に人命がかかっているため慎重になっているのだろう。


 リックは手を握り、歯を食い縛った。

 悔しい。さっきから、自分はただの役立たずだ。

 大口叩いたくせに何も出来なくて、その結果先生はまだ苦しみ、ルーはさらわれ、イツキは生き埋めになった。


 先程イツキを責めたが、それは間違いだった。

 口先だけなのは、私の方だ。


 イツキは違った。無鉄砲むてっぽうに飛び出したが少女を助け、私を突き飛ばして助けた。

 彼は、ちゃんと行動したのだ。


 目の前で撤去作業が着々と進む。

 ああ、でも少年が見つかっても、自分には他の魔力で紛れてしまって見えないのだろう。


 「……嫌だ」


 ぽろりと転がり落ちた言葉に、リックは驚く。

 何かが、ストンとはまった。


 その瞬間、視界が揺らぐ。


「何……?」


 思わず顔を押さえ、瞬きを繰り返す。

 何回目かの瞬きで輪郭りんかくが線を結び、視界が晴れる。


 「え?」


 「見つけた!」


 リックの声とシルの叫びが重なった。

 シルの声に振り返る。


 茶色。茶色の瓦礫がれきの中で二人の少女が何かを引きずり出す。白。金色。白いワンピースの少女が、一人の少年を抱きかかえた。


 「あ……」


 黒。黒い髪。赤。破片で切ったのだろうか、彼の顔の左側を血が覆っている。


 「ああ、ああ、ああ……!」


 少女に肩を貸された少年が、リックに気付き握りこんだ指から人差し指と中指を出して突き出しながら弱弱しい笑みを浮かべる。

 リックの目から、涙が溢れた。


 「見えた……」


 彼女の視界は、六年前のように色を灯した。

 その時リックの瞳が淡い茶色に戻っていたことに、誰も気付かなかった。








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