35、乱入
フードを被った頭。分厚いロングコート。
俺達の前に飛び出してきたのは、村に行った時の帰り道に見かけた、あの怪しい人影だった。
その場にいた全員の視線を奪った人影は、ゆらりと顔を巡らせる。
フードに隠れたその視線の先には、大精霊とレティーさんの姿があった。
レティーさんを庇うように抱き締めた大精霊が、不意にその場に頽れる。
「……エメ?」
一緒に座り込んだレティーさんが声を揺らすと、大精霊は彼女の頬に手を添わせて淡く微笑んだ。
「ごめんなさい、時間切れですね。魔力も、もう残っていないようです」
「……もう行っちゃうの? まだ、大事な話が……!」
大精霊の手を掴み、縋りつくレティーさんに彼女は目を細めて笑いかけた。
「わたし達は契約で繋がっている。また、いつでも会えます」
レティーさんの頭にキスをし、大精霊がそっと囁く。
「あなたに会えて、とても嬉しかった」
その声が消えた瞬間、彼女の身体が光に包まれ、レティーさんの腕の中で弾けて消えた。
その時、呆然と座り込むレティーさんに向かって、コートの人物が足を踏み出した。
直後、その足元に炎槍が突き刺さる。
「ちょっと、あんた、そこから動くんじゃないわよ」
一瞬でレティーさんの元に駆け付けたサラさんが槍を投げ、シルがレティーさんの前に立ちはだかった。
「お~、久しぶりだなぁ。えぇ?」
瞬間どこからともなく、しわがれた声が聞こえ、双子の背後に音もなく人影が降り立つ。
「っ、おい、後ろ!」
偶然それを目撃した俺が声を上げると、それは素早く跳躍し、コートの人物の隣に着地した。
短髪にカットされた髪と鋭い瞳は藍色で、頭からは三角の耳が生えている。ワイルドな風貌の顔には幾つも傷跡が残っており、彼の歴戦を物語っていた。
靴は履いておらず、裸足で地面を歩いている。彼の腰からは藍色の尻尾が見え隠れしており、右手には鎌のような物を握っている。
そして、その左腕の中ではルーが抵抗するように暴れていた。
「ルー‼」
皆が彼の名を呼び、駆け寄ろうとした瞬間、彼の首に添えられる鎌の刃。
「おっとー、動かないで~。そこから動いたら~、こいつの首がチョンパされちゃうよー?」
人質としてルーを捉えられ、俺達は押し黙ってその場に立ち尽くす。
「……お前、話が違う!」
その時、レティーさんが声を上げた。
「……取引は、わたしがドラゴンを殺したら、その死体を受け渡すって話だったはずなのに!」
「ああ、気ぃ変わったの」
レティーさんの糾弾に、男はケロッと言い放つ。
「いっやー、まさかこんなところで、こいつらに会うなんて思ってもみなかったからさー。な! コレル、ルコレ!」
愛想よく笑いかける男に、双子は顔色を失う。
「ゼス……!」
彼の腕の中で呻くようにルーが声を出す。
「あぁ? ゼス様だろ?」
その言葉に眉を顰めた男が鎌の柄でルーの腹を突くと、彼は息を詰めガクッと足から力が抜けた。
「ルー‼」
「あ? もうくたばった? まあ、この方が手っ取り早いか」
ぐったりとしな垂れかかるルーを担ぎ上げ、男が顔を上げる。
「ゼス……? まさか君は、あの死神か!?」
その時、ミュンツェさんが思い当たったように声を上げた。
「そうさ、俺様があの有名な死神。暗殺ギルド幹部、死神ゼス様だぜ!」
得意気に鼻を鳴らし、ゼスが胸を張る。
「ちょっと! アンタ、ルーをどうするつもりよ! 今すぐ放しなさいよ‼」
甲高い声で叫ぶシルに、ゼスがルーに目を落とす。
「ああ、俺様はこいつらにちょっとばかし用があってな。長ぇこと探してたんだが、まっさかこんなところにいたとは、思ってもみなかったぜ」
刹那、ゼスが鎌を閃かせ刃が何かを受け止めた。
「……返して」
「おーおー、怖ぇ姉ちゃんだ。俺様の話に割り込んできやがるとはよぉ」
その時、俺達は息を呑んだ。
一瞬で距離を詰めたコーが、短剣を握ってゼスに斬りかかっていた。
「……ルーを返してよ」
距離を取り、俯いた彼女のポンチョの下からもう一振りの短剣が取り出される。
「返してぇ‼」
絶叫し、顔を上げたコーのワインレッドの瞳が、昏く爛々(らんらん)と光り輝いた。
コーが大地を蹴り、次の瞬間ゼスの鎌から火花が散る。
「その目! あの時と同じだなぁ!!」
一対の短剣から高速で繰り出すコーの攻撃を、刃を返すことで最小限の動きで跳ね返していたゼスが哄笑する。
「うるさいっ!」
コーは叫び、勢いよく短剣を振りかぶった。