34、剣
エルフの少女とドラゴンの少女が睨み合う。
レティーさんは怒りを露わにし、メリアは背筋が冷たくなるような笑みを浮かべていた。
不意にレティーさんがよろめき、大精霊が手を伸ばして彼女を支える。
「魔力切れだ……」
俺の耳元で、リックが呟いた。
レティーさんは真っ青な顔をして、呼吸を荒げている。額に玉のような汗を浮かばせ、それでもキッとメリアを睨みつけた。
「貴女が怒るのは当然のこと。わたくしだけが狙いであれば、甘んじて受け入れようと思いましたわ」
メリアが口を開く。
「ですが、貴女はわたくしの『もの』を傷つけた」
メリアが髪をかき上げる。
「大人しく相手の言うことを聞くなんて、わたくしらしくありませんでしたわ。もう一度言わせていただきますが、わたくしもそれなりに抵抗させていただきます」
「いや、言ってること滅茶苦茶じゃね?」
メリアの言葉に思わず突っ込む。その時、「分からないの?」と耳元から声がした。
目線を上に上げると、リックが呆れたような顔をして俺を見下ろしている。
「あの人は、イツキが傷ついたからあんなに怒ってるんだよ」
「え?」
メリアが怒っているのは、俺が傷ついたから?
いや、だって、俺の核が壊れかけてるのは自業自得なんだから、レティーさんには関係ないんじゃ……。
反射的にメリアの方を見ると、彼女は頭上に右手を伸ばした。
その瞬間、空間に切れ目が入り、金色の光が漏れ出る。
メリアは切れ目に手を入れ、中からずるりと何かを引っ張り出した。
それは、一本の剣だった。
黄金色に輝く刀身はメリアの身長よりも長く、うっすらと透き通っている。鍔や握りには繊細な彫刻が施されており、見る者に武骨さを与えない。
金髪の少女の華奢な指が黄金の剣を握る。
その組み合わせはアンバランスでありながら、長年連れ添ってきたパートナーかのように妙にしっくりときた。
「アルストロメリア」
その時、大精霊が口を開いた。
アルストロメリア? それって確か、花の名前だったような……。
「貴様が剣を抜くなど久しいこと。それほどまでに、その男が大事ですか」
「さあ? どうでしょう。 ただの気まぐれではありませんこと?」
大精霊の問いに、しらばっくれるメリア。
「そうですか。わたしはこの子が愛しい。この子が願うのであれば、わたしは何だってする……」
大精霊はレティーさんに慈愛に満ちた眼差しを送り、右手を掲げる。
その手に光が集い、一本の杖を模った。
その杖は、若木をそのまま引き抜いたような形をしており、青々と茂った葉がゆらゆらと揺れている。
「この子は貴様の死を望んでいる。ならば、わたしがその命、手に入れましょう」
大精霊を魔力が取り巻き、彼女の髪が揺れる。
メリアもまた魔力を高まらせ、そっと剣を構えた。
「元始の精、エメ」
「同族殺し、アルストロメリア」
互いに名前を名乗った。刹那、大精霊の背後で魔力が固まりを形成する。
彼女と髪と同じ、白の地に虹色の光を纏った塊が無数に宙に浮かび、ふわふわと蠢く。
大精霊が杖を振り上げたと同時に、塊が勢いよく発射された。
メリア目掛けて塊が飛んでくる。避けようとしても避け切れない広範囲の攻撃に、メリアが剣を構える。
「メリアっ!」
思わず声を上げた俺の耳に、チリンと涼し気な鈴の音が聞こえた。
瞬間、剣の切っ先から金色の炎が噴き出した。
「え、火!?」
驚いて、目を見開く。
メリアの魔法は氷ではなかったのか!?
少女が振り下ろした剣から炎が広がり、塊に喰らいつく。
飲み込まれた塊が炎の中で消滅し、魔力を巻き散らかした。
炎は一瞬で全ての塊を喰らい、大気中に濃い魔力が漂う。
一瞬で交わされた攻防戦に、沈黙が降り注いだ。
「ふふっ」
不意に、大精霊が笑い声を上げた。
「同族殺し、ね。随分と洒落た二つ名をつけたこと」
「……終わらせましょう」
大精霊の話を切り、メリアが剣を構える。
二人からとてつもない魔力が発せられる。
突然俺とリックの周りに赤い炎が走り、炎がドーム型を形作った。
「あんた達! そこから動くんじゃないわよ!?」
低い声に顔を上げると、サラさんが俺達に向かって腕を突き出している。
その直後、メリアと大精霊が同時に武器を動かした。
放たれる金色の炎、白と虹色の光。
膨大な魔力を含んだそれが、ぶつかり合う。
「絶壁ッ‼」
瞬間、森の方から聞き覚えのある声がしたかと思うと、炎と光の間に魔力が割り込み、一瞬で壁が出現する。
二人の魔法が壁にぶつかり、魔力が爆発する。
「うわぁっ!」
衝撃、暴風。サラさんの結界と森に張られていた結界が、硝子が割れるような音を立てて砕かれた。
吹き飛ばされそうになった俺達を不意に押さえる手があり、薄目を開けるとメリアが俺達を地面に押さえつけていた。
大精霊がレティーさんを庇い、サラさんとシルが双子を護っている。
泉の水面が激しく揺れ、大樹が枝を騒めかせた。
森の木々が薙ぎ倒され、根が地面を掘り起こす。
やがて吹き荒れていた強風が治まり、メリアが俺達から手を離して立ち上がった。
「水を差すなんて、命知らずもいいとこですわ」
森を振り返り、尖った声を出すメリア。
その声に、双子の後ろから人影が現れた。
「いやー、つい咄嗟に止めなくちゃと思ってね。まあ、あんまり意味はなかったようですが」
そこには、茶色の馬に跨り髪を乱したミュンツェさんがいた。
彼の目線の先を追うと、壁は上半分が消し飛ばされ、残った半分も今にも崩れそうな有様になっている。
その時、大精霊の笑い声が辺り一帯に響き渡った。
「そう、貴様の力は健在でしたか!」
口端を吊り上げ、大精霊は声を弾ませる。
「同族殺しとはよく言ったものです。その剣で、貴様は仲間の命を奪ったのですね」
大精霊がメリアの手に握られている剣を指差した。
「……どういう、こと?」
大精霊の腕の中にいたレティーさんが、戸惑ったような声を上げる。
「……仲間がエルフの里を襲い、わたくしはそれを止めようとしました」
メリアの声が、静かに流れた。
「ですが、わたくしは……」
「重っくるしい空気の中悪いんだけどさ~」
その瞬間、メリアの声を遮るしわがれた声。
その場の皆が首を巡らす中、木の間から何かが飛び出した。
「俺様にも都合ってもんがあんのよ。お仕事させてちょーだい」