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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
33/120

33、覚醒






 毛先が地面に着くほど長い髪は地は白だが、虹色の光沢を放つ不思議な色をしている。垂れ下がった前髪を耳にかけ、露わになったおもて秀麗しゅうれいであり無駄なものを削ぎ落したような美しさがある。

 優しく細められた瞳はリックと同じ虹色をしており、レティーさんやシル達が被っている布と同じような生地を幾重いくえにも重ねたドレスは、彼女の神秘的な雰囲気に物凄く合っていた。


 身長は高く、レティーさんよりも頭一つ分大きい。見た目は二十代後半程に見え、ディーネさんより少し年上のように見える。


 「サラマンダー、シルフ。顔を上げなさい」


 彼女の口から流れた透き通った美声に、二人は「はっ」と短く返事をすると面を上げる。


 「……エメ」


 レティーさんが呼ぶと、女性は屈んで彼女を抱き締め、額にキスを落とした。


 「ああ、愛しい我が娘。ようやく呼んでくれたわね」


 「え? レティーさんのお母さん?」


 「馬鹿! 何言ってんの! シルの話聞いてた!?」


 思わず声を上げると、小声でリックに怒られた。


 しかし、そう勘違いするほど違和感がない。


「あの人が大精霊だよ!」


 彼女の言葉に息を呑んだ。

 そう言われてみると、確かにオーラが違う。


 レティーさんは大精霊と手を繋ぐと、そっと口を開いた。


 「……あの日から、三百年以上経った ……ドラゴンが降り立ち、里を燃やし、森も家も精霊もエルフも皆燃やされた ……殺された ……お前らが、ドラゴンさえいなければ! 皆は生きていた! お父さんも、お母さんも、エルも! 皆‼ ……生きていたのかもしれないのにっ」


 顔を歪ませ、涙を滲ませながらエルフの少女は訴える。


 「……償ってよ ……仲間の罪を、お前の命で償いなさいよっ!」


 レティーさんの髪飾りが揺れ、ペンダントが跳ねた。


 「……そうですわね。わたくしは、貴女に償わなければならないのかもしれませんわ」


 激昂げっこうする彼女とは対照的に、メリアが静かに声を紡ぐ。


 「わたくしがもっと早く彼を止めていれば、エルフに被害は出なかったのかもしれません。ならば、貴女の怒りを受け入れますわ」


 メリアは両腕を広げた。


 「わたくしはここから一歩も動きません。どうぞ、貴女のお好きになさい」


 毅然きぜんと立つ彼女は、目を閉じる。

 その瞬間、レティーさんの魔力が感情に釣られたように立ち昇った。


 「……絶対に殺す!」


 怒気に顔を染めたレティーさんが繋いでいた手を離し、両手を掲げる。

 その手の間に魔力が集結し、大きな火球を作り出す。


 それでもメリアは目を開けず、宣言通りにピクリとも動かなかった。


 「お嬢様、本当に反抗する気ないねー」


 「まずいよ、このままだと先生の命も危ない!」


 ルーとリックの言葉に、一瞬心臓が止まったような錯覚を起こす。

 シルとサラさんの方を見ても、彼女達は止めようとする気配がない。大精霊もそれは同じようで、隣でレティーさんを見守っている。


 レティーさんが両手を振りかぶる。同時に、リックが立ち上がった。


 「先生! もうやめてください‼」


 「リック!?」


 彼女の叫びに、シルとサラさんが驚いたように目を見開く。レティーさんは一瞬だけリックを見て、かすかに口を動かした。


 『ごめんね』


 次の瞬間、エルフの少女は大玉ほどの大きさになった火球を放った。


 「……燃えた皆の苦しみを、味わえ‼」


 刹那せつな、俺の頭の中で一秒が刻まれる。


 一秒。レティーさんの手の中から火の玉が離れる。


 二秒。火の粉を巻き散らかしながら、空中を移動する。


 三秒。火の玉が、メリアに近付く。


 四秒。


 「いい加減、起きろよ」


 耳元で甲高い少年の声が聞こえた。


 五秒。メリアの鼻先に、火球が触れようとする。


 俺は、勢いよく右手を突き出した。

 瞬間、メリアの目の前に波紋はもんが広がり、火球が空中で停止する。


 「え?」


 「止まった……?」


 双子とリックが戸惑った声を上げる。

 その瞬間、俺は駆け出した。


「いいかげんに、しろぉおおおおおっ‼」


 息を吸い込み、叫ぶ。


 左手の小指が熱い。

 視界に映る糸が、赤く煌々(こうこう)と光り輝く。


 足を伸ばし、地面を踏みしめる。

 早く。一秒でも早く。


 シルとサラさんが何かを叫んでる。聞こえない。

 レティーさんの目がこれ以上ないほど見開かれていた。彼女の口が動く。


 『どうして』


 その隣で、大精霊が笑っていた。

 波紋が揺れる。もう耐え切れない。


 「メリアぁッ‼」


 彼女の名を叫ぶ。

 メリアがハッとしたように目を開け、俺の方を振り返った。


 腕を伸ばし、彼女に飛びつく。

 二人で倒れ込んだ瞬間、儚い音を立てて波紋が割れ、火球が俺達の髪を掠めるようにして飛んでいき、一本の木に当たって真っ赤な狼煙のろしを上げた。


 「ぐ――っ!」


 「イツキ?」


 地面に転がったまま、俺は胸元のシャツをネクタイごと握りしめて呻く。

 痛い。今まで抑え込んでいたものが、急に動き出したような鈍い痛み。


 喘ぐように息を継ぎ、ほこりっぽい空気を吸い込んでむせ返る。


 「イツキ!」


 リックが駆けつけ、俺の胸元を見て息を呑んだ。


 「核が、動き出してる……! 今は魔力が抑えてるけど、このままだと核が壊れる!」


 「……貴女、イツキに付いていて下さるかしら」


 その時、メリアの静かな声が聞こえた。

 薄目を開け、俺はビクッと身体を揺らした。


 メリアの背中から怒気が立ち昇っている。リックに引きずられるように泉の方へ俺達が下がると、彼女はカツンとサンダルを鳴らした。


 「前言を撤回てっかいさせていただきますわ」


 メリアの顔を見て後悔した。


 「わたくしもそれなりに抵抗させていただきます」


 彼女は凄絶せいぜつな笑みを浮かべていた。







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