31、見過ごせない
「森も家も親も友人も、全部燃やされた。レティーは一人になった。シル達は元々レティーの母親と契約してたんだけど、シル達の世界で、ある日急に契約が消えたの」
俺達に背を向けたまま、シルは淡々と語った。
「レティーが召喚をした時、シル達が選ばれたのは奇跡みたいなことだった。レティーから里に遭ったことを聞いて、シル達は許せなかった。レティーから全てを奪ったドラゴンが、あの子を一人にしたドラゴンが、許せなかったのっ」
彼女の肩が震える。声を荒げ、それでもシルは振り返らなかった。
「だからシル達は自分で核を壊した。捻じ曲がった核を無理やり直して、その反動で割れちゃったけど、でもレティーが治してくれて、シル達はずっと魔法が使えるようになった。シル達の世界には帰れなくなったけど、レティーの傍に居られるなら、それだけでよかったの」
彼女は俯いて、声を揺らす。
俺は前にレティーさんに尋ねたことを思い出した。
『……あれ? じゃあ、シルってなんであんなに魔法を使えるんですか?』
その答えが今分かった。彼女達は自分で核を壊すことによって、この世界でも継続して魔法を使えるようにしたのだ。
「そうやってシル達は平和に暮らしてた。あの家に住んで、住人も増えて、あの子は先生って呼ばれて、穏やかに暮らしてたのに!」
首を振ってシルは叫ぶ。
「アイツが、ドラゴンが現れた! アイツは平気な顔して森の中に入って、あの家の中に入って! そりゃディーネも怒るよね! でも、アイツは力を失ってたから、また森に入らなければシル達も手を出さないって決めたの。レティーも気付いてなかったし、見なかったことにしようって」
「でも」と続けた少女の声は震えていた。
「昨日、レティーはアイツがドラゴンだって気付いちゃったの。レティーはシル達とは比べ物にならないくらいドラゴンを憎んでた。あの子はね、穏やかになんて暮らしてなかったのよ」
「ねぇ、アンタ達」とシルがようやく振り返った。俺達は思わずびくっと肩を跳ねさせた。
「あの子が憎しみを露わにしてたとこ、見たことある?」
顔を歪めて問う彼女に、首を振る。
「シルは気付けなかった。レティーがずっとドラゴンを憎んでいて、苦しんでいたことに気付けなかった。だから、シルにはあの子を止める資格はないの。あの子を止められる人は誰もいないの」
そう言ったシルの顔は、酷く悲しそうだった。
「レティーはアイツを殺すまで止まらない。シル達は、優しいあの子が人を殺すのを止められないのよ」
顔を戻し、少女は両手を身体の前に掲げる。
「だから、アンタ達は巻き込まれない内に早く逃げなさい。多分、ミュンツェがもう騒ぎに気付いてこっちに向かってると思うわ」
そう言ってシルは再び背を向け、風をより集めて盾を作った。
俺達は沈黙してその場に立ち竦んだ。
それぞれ何を考えていたのかは分からない。
俺は、今までのレティーさんの顔を思い浮かべた。
初めて会った時、本の中に埋もれていたこと。
俺の持ってきた教科書に瞳を輝かせたこと。
一緒にお茶を飲んだこと。
俺の魔力を解いてくれたこと。
とても優しい眼差しで、微笑んだこと。
「俺は……」
あの一瞬一瞬、全てをレティーさんが苦しんでいたとは限らない。
けど、あの半分閉じた瞼の奥であの人が悲しんでいたのだとしたら。
それこそ俺達には、レティーさんを止める資格なんてないんじゃないか?
そう考えた瞬間、左手の小指が燃えるように熱くなった。
それはまるで俺の考えを叱咤するようで、その熱に俺はハッとした。
「……だからと言って、私は先生が罪を犯すのを黙って見過ごせない」
その時、俯いていたリックの口が開いた。
「あの人は、皆が目を逸らした私に手を差し伸べてくれた。先生のお陰で、今の私はあるんだと思う。そんな先生なら、人を殺したら多分ずっと後悔する」
リックは顔を上げて、振り返ったシルと目を合わせた。
「先生が後悔をするくらいなら、私は先生を止める! それがあの人の苦しみに気付けなかった私の役目だと思うから!」
大きな声で宣言したリックに、シルが息を呑む。
「ルーもリックに賛成だなー」
「コーもー」
リックに続いて双子が口々に声を上げた。
「ルー達が王都にいた時ー、誰もがルー達を無視する中ー、助けてくれたのはレティーさんだけだったんだよねー」
「他の人みたいに無視すればいいのにー、わざわざコー達を連れ帰ってー、ずっとここにいていいよって言ってくれたのー」
双子はお互いに顔を見合わせると、二ッと笑った。
「あんなに優しい人は、人を殺した後も気に病むんだよねー」
「これ以上苦しんでほしくないならー、一時の気の迷いで人を殺めさせるのは止めるべきだと思うなー」
「アンタ達……」
双子の言葉に、シルが瞳を潤ませる。
感動的なシーンなんだけど、妙に双子の言葉に闇を感じるのは俺だけ?
「まあ、俺も三人やシル達と比べたらレティーさんとの付き合いは全然短いけど、それでもあの人がすごい優しい人だってことは知ってるし、だから、こう上手く言えないんだけど、あの人がメリアを殺すっていうなら、黙って見てるんじゃいけないと思う」
たどたどしく紡いだ俺の言葉はシルに届いたようで、彼女は俯いた。
「……でも、もう手遅れなのよ」
「え?」
ぽつりと呟いたシルの声に俺が聞き返した瞬間、メリア達の方から膨大な魔力が膨れ上がった。