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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
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3、白雪姫






 足を踏み入れてみると、時計塔の中は壁伝いに螺旋階段状らせんかいだんじょうになっており、規則的に設置された窓から差し込む光が凍った階段に色を落としている。


 「なんだ、これ……」


 中心のぽっかりと空いた空間には、透き通った水色をした巨大な石が置いてあり、原石をそのまま持ってきたように側面はギザギザと鋭く尖っていた。

 石に圧倒され、唖然あぜんと見つめていた俺だったが、糸の先が上へと伸びていたので取り敢えず階段を登ろうと一段目に足をかける。しかし、凍結した段は予想外に滑りやすく、手摺てすりに掴まろうと手を伸ばすも、霜の降りた手摺はキンキンに冷え切っており、直に握ると霜焼けしそうだ。


 ここで手袋か何か持っていればよかったのだが、生憎あいにくそんな都合のよい物はなく、仕方なくブレザーのすそを最大限引っ張って萌え袖にしてから右手で手摺を、補助のため左手で壁に手を添え、ゆっくりと逆時計回りの階段を登り始める。


 途中、何度か危ないところもあったが、三分の一ほど登るとコツのようなものも身についてきて危なげなく登れるようになっていた。

 その時、俺の足元を柔らかに色づいた光が照らし、顔を上げると巨大なステンドグラスが目の前の壁に埋め込まれていた。


 それは、一枚の絵だった。


 描かれているのは、一匹の黒いドラゴン。

 翼を広げ、こちらに背を向ける姿はどこか物悲しく、周囲を黒みがかった炎に取り囲まれている様子は糾弾きゅうだんされているようにも、自分から孤独を選んだようにも見える。


 細かい破片を駆使くしして緻密ちみつに描かれた絵に後ろ髪を引かれながらも足を進めると、次いで現れたのは、橙色だいだいろのドラゴンだった。

 右を向いて翼を畳み、頭を垂れた横顔は祈りを捧げているようにも、懺悔ざんげの言葉を口にしているようにも見える。ドラゴンの前には一つだけ灯った火の玉があり、オレンジ色の優しい光はどこか慈愛じあいの二文字を連想させた。


 「すっげ……」


 こんな作品、見たことがない。


 足を進め、丁度黒いドラゴンと対角になるような壁に描かれていたのは、青のドラゴン。

 橙色のドラゴンと背を向けあうような形で左を向いたドラゴンの口からは、真っ青な炎が噴き出しており、その絵からは明確めいかくな怒りの感情が見て取れた。


 更に足を進めると階段は天井にぽっかりと空いた穴に続いており、そこから上の階に上がれるようだった。あれほど長いと思っていた階段も、登ってしまえば大したことはなく、俺は疲れを感じぬまま二階へと足を踏み入れた。

 真っ先に目に入ったのは、壁に埋め込まれたステンドグラス。


 黒いドラゴンと反するようにこちらと向き合うのは、黄金色のドラゴン。

 翼を広げ周囲を金色の炎に囲まれている姿は黒いドラゴンと同じだが、黄金色のドラゴンからは高潔で神聖なものであるという印象を見る者に与える。


 そのステンドグラスの上には文字盤があるようで、大小様々な歯車が幾つ(いくつも)も噛み合っている様子が見て取れる。

 ステンドグラスと文字盤。その二つが合わさることによって、何かとても大きな意味のあることのように思えた。


 頭上に目を向けると、円錐えんすいになっている屋根の天井から鈍色にびいろの大きな鐘がぶら下がっている。外から見えた光の正体はこれか。

 床や壁には階段で見た大きな石と同じ様な水色の石が至る所に埋め込まれており、その中でも床の中心から壁伝いに上にい、鐘に集束しゅうそくするように埋め込まれた十二本の水色の線は圧巻あっかんの一言に尽きた。


 そして、その床の中心に何かが置かれている。

 恐る恐るそれに歩み寄った俺は、何度目となるか分からない驚愕きょうがくに襲われた。


 それはまるでふたのないひつぎのような形をしていた。透明のそれは軽く触れると冷たく、指が水っぽく湿る。氷だ。棺の中には様々な色の花が敷き詰められ、皆一様に霜が降りている。そして、その上に横たわる、一人の少女。

 まとっている服はレースも刺繍ししゅうもない飾り気のない白のワンピース。膨らみを失わないスカートから覗くすらりと細長い足は裸足はだしで、棺の傍ら(かたわら)には白いサンダルが置かれていた。


 華奢きゃしゃな身体。細い首。片耳には繊細せんさいな細工の耳飾りが付けられており、ぶら下がった純白の鈴が凍った花の上に転がっている。

 薄く開いた形の良い唇は血の気の失せた肌をしていながら桜色に色づいており、くすみ一つないすっと通った鼻筋、閉ざされたまぶたは金色の長い睫毛まつげ縁取ふちどられ、それらが小さな顔に完璧な配置で納まっていた。


 癖のないつややかな淡い金髪はとても長く、彼女の背の後ろに広がる髪はひざまである。まるで、金の川の上に横たわっているようだった。

 白魚のような指が胸の上で組まれ、その手がかすかに上下している。それが彼女が生きているということを表す唯一ゆいいつの証拠だった。


 白雪姫。


 不意に、幼い頃呼んだ絵本の一ページが頭の中でよみがえった。

 その美しい少女はまるで毒林檎どくりんごかじって仮死状態に陥り、硝子がらすの棺に寝かされた姫君のようで。

 綺麗だ。と、棺の横で立ち尽くす俺は純粋にそう思った。


 その時、突然床に埋め込まれた石達が発光し、少女を淡く照らす。

 俺が息をむ間にも壁に埋め込まれた石達が次々と発光し、光は十二本の線を下から上へと走り抜け、この階全体が明るく輝く。


 光に照らされた歯車がび付いた音を立てながら次々に噛み合っていき、ガチンッとどこか聞き覚えのあるような一際大きな音を立てた。

 その音を待っていたように、天井の鐘がきしんだ高い悲鳴を上げながらゆっくりと傾いていく。


 「おい、嘘だろ? まさか……」


 嫌な予感に首が痛くなるほど上を仰いだ俺が目を離せない中、天井ギリギリまで引き付けられた鐘が重力のまま振り下ろされ、咄嗟とっさに俺は荷物を投げ捨てて耳を塞いだ。


 その音は、森を越え、村を、街を、海を越えてどこまでも高らかに響き渡る。

 その音に、人々は驚愕きょうがくし、一様に同じ方角を向き、そっと耳を澄ませた。


 「――――ぐ、ぅ……っ!」


 何度か左右に振れていた鐘の動きがようやく小さくなり、そっと手を添えられたように停止すると、床にうずくまっていた俺は思わず呻き声を漏らしてしまった。

 すさまじい轟音ごうおんだった。まるで鈍器でぶん殴られたような音の波をもろに浴び、耳を塞いでいたにもかかわらずぐらぐらと揺れる頭に吐き気が込み上げる。気を失わなかったのが不思議なくらいだ。


 しばらく亀のようにうずくまり、ようやく平衡感覚へいこうかんかくを取り戻した俺はハッと気が付いて慌てて棺の少女の様子を伺う。

 俺の杞憂きゆうをよそに、少女はなんら変わりなく眠り続けており、思わずほっと胸をなで下ろす。

 いや、まてよ。あのクソでかい爆音で起きないなんてありえない。


 もしかして、彼女の眠りはただの睡眠ではないのでは?

 だとしたら、植物状態とか……? いや、点滴などの医療機器がないのはあり得ない。ということは、昏睡こんすいってやつか……? え、それって大丈夫なのか?

 今更少女の状態に気が付き、軽く血の気が引く。


 「だ、大丈夫か? 聞こえますか!?」


 慌てて学校の救命訓練で散々やらされてきたように、まずは応答確認をする。声をかけ、棺の顔の横の部分をバンバン叩いてみるも、応答は勿論ない。

 次は、呼吸と脈拍の確認だったか。

 少女の半開きになった口元に手をかざすと、穏やかな呼吸が伝わってきた。しかし、あまりにも冷え切った呼吸に増々不安がつのる。


 一瞬の躊躇ちゅうちょの後、胸の上で組まれていた指を解き彼女の右手を両手で手に取って脈に親指を添える。

 最初は分かりづらかったが、やがてかすかにゆっくりとした拍動を感じ俺は安堵あんどの息を吐き出した。

 それにしても冷たい手だ。青白い肌は氷の棺と同化してしまったようで、どこか薄ら寒いものを感じる。

 その時、わずかに少女の睫毛まつげが振動した。


 それに気付き、俺が声もなく見つめる中、少女の睫毛が再び震える。

 頬に赤みが差し、全身に春の息吹が通ったように血の気が巡る。俺が握ったままでいる少女の手がほんのりと温もりを帯びた。

 そして、少女のまぶたがゆっくりと持ち上がっていき。

 吸い込まれそうな、澄み切った金色の瞳が、視線を彷徨さまよわせ、俺を見つけるとピタリと焦点を合わせた。


 「……―ぇ、―ん…………」


 彼女の桜色の唇が、何かをつぶやき。

 そっと、淡く微笑んだ。


 そのあまりにも幸福そうな笑顔に、俺は魅入られたように動けなくなった。

 目が乾くのに、瞬きを奪われたように目が離せない。心臓はどくどくと早鐘を打ち、呼吸さえままならない。


 なんだこれは。なんなんだ、これは……!

 すると、少女はハッとしたように笑顔を引っ込め、二度三度と瞬きすると、次の瞬間にはキッと目を吊り上げ。


 「その手を離しなさい! この無礼者‼」


 ずっと握りしめていた俺の手を、勢いよく振り払った。







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