28、メリアside
その日、メリアは一期の乗った馬車が屋敷から出ていくところを二階の窓から見送ると、階段を降りて外に出た。
屋敷の中から出てきたメリアに、警備の兵士二人が左胸を叩く。
挨拶をする彼らを流し目で見たメリアはツンと顔を背けて無視すると、庭のなかに作られた道を歩いていく。
屋敷を右手に回り込むと、そこには花壇一杯に色んな花々が植えられた庭園があった。
屋敷の中に閉じこもっていた彼女を気の毒に思った執事長が案内してくれたこの場所は、かなり居心地が良くそれ以来彼女は毎日ここに通っている。
メリアは花壇の間の石畳を歩いていく。花々が咲き乱れる中、優雅に歩いていく彼女の姿はまるで花の妖精が降り立ったかのようだ。
ゆっくりとメリアが歩いていく先には、蔓薔薇が絡みついたアーチがある。
その下を潜ったメリアは目当てのベンチに腰掛けると、ぼんやりと空を見上げた。
アーチの隙間から見える空は、厚い雲が覆っている。風もないため、雲が動く気配はない。今日一日は居座っているだろう。
メリアは上を向いたままそっと目を閉じた。
しばらくそのままじっとしていたメリアが、ピクッと眉を動かす。
「……気付きましたわね」
一期の中に張った自分の魔力が何者かに触れられそうになったことを感じ取った彼女は、そっと目を開けた。
そして自分の右手を見つめると、指を鳴らす。
刹那、メリアの右手の上に冷気が集まり空気中の水分が凍った。
手の中に落ちてきた拳程の大きさの氷塊を、メリアは溜息をついて握りしめる。
儚い音と共に入った亀裂に耐え切れなくなった氷が、粉々に砕け散った。
その瞬間、不意にメリアの意識が赤い糸を追う。
左手の小指に括りつけられた糸を辿り、森を抜け、見覚えのある少年の背中に追いつく。
その背後から、何か得体の知れないものが彼の後ろを追っていた。
ハッと我に返ったメリアは立ち上がり、花壇を飛び越えるとその場で跳躍。生垣を飛び越えて、屋敷の敷地外に出る。
外に出た彼女は長い金髪を翻すと、森の中へと駆け出した。
道なき道を疾走していたメリアが、不意に右手に飛び退る。
彼女のいた空間を風刃が切り裂き、それは木の幹に当たって傷を刻んだ。
「なんで来ちゃったの!?」
空中に浮遊していた淡緑色の髪の少女が、悲鳴じみた声を上げる。
「今ならまだ間に合う! 早く戻って‼」
メリアが来た道を指差し、警告を発するシル。
その後ろから音もなく放たれた炎の塊が、彼女の頭を狙って突っ込んできた。
メリアは更に後退して炎を躱すと、魔法が放たれた方向を睨みつける。
木々の間から現れたレティーは、無表情で右手を掲げた。
「貴女方は、ここに潜んでいる鼠に気付いていないのですか?」
声高々と問うメリアの声に返ってきたのは、炎の帯。
チッと舌打ちをしたメリアは、高く跳躍。炎を飛び越え、シルの横を通り過ぎると、綺麗な着地を決めて一期の元へ駆け出した。
「ああ、もう! どうなっても知らないわよ‼」
癇癪を起したように叫んだシルが右手を振るうと、メリアを狙って風刃が宙を駆ける。
メリアはそれが見えていたかのように宙返りをして避けると、そのまま疾走を始めた。
時折放たれる攻撃を避け、木々の間を突っ走る彼女の背を追うレティーとシル。
やがて、目の前の草木を掻き分けたメリアが飛び出すと、そこには驚愕したかのように目を瞠る一期達がいた。
「イツキ!」
「メリア!?」
驚きの声を上げる一期の背後で、三人の少年少女が何やら話している。
メリアは魔法の発動を察知すると、咄嗟に一期と近くにいたリックを突き飛ばした。
刹那、彼女の頭があった位置を炎が走り、避けたメリアの顔の横を通過して近くの木に突き当たる。
次の瞬間炎が燃え上がり、樹木から火柱が立ち昇った。
「うわぁああああ‼」
突然の熱気に双子が叫ぶ。
一期達が矢と炎が飛んできた方向を見やり、そして言葉を失った。
「なんで……」
「……!」
「先生……?」
「レティー、さん?」
無意識に零れ落ちる彼らの掠れた声。
彼らが見上げる先。
そこにいた、エルフは無言で右手を掲げた。
その瞬間、地面に膝を着いていたメリアの身体を衝撃が打ち据え、華奢な体躯の彼女は吹っ飛ばされる。
「メリア!」
一期の悲鳴が上がり、咄嗟にメリアは空中で足を伸ばし、木の幹を蹴りつけて衝撃を殺す。
メリアが着地して顔を上げると、蹴り出した足を戻していたサラと目が合った。
「ちょっと~、余所見しちゃ嫌よぉ?」
くるりと翻した彼の手の中の焔が左右に伸び、槍に酷似した形状を保つ。
メリアの周りで、空気が揺らいだ。
次の瞬間、爆音が轟き衝撃と爆風が森を騒めかせた。