27、金糸
今週から【どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい】は、月曜日と木曜日更新となります。
今後とも応援よろしくお願いいたします。
その少年はあまりにも幸福だった。
けれども彼は知っていた。この幸福が永遠に続くものではないことを。
いつか彼は、愛する彼女を遺して逝ってしまうことを。
だから誓いを交わした。
彼女の顔も、声も、匂いも、名前も、何一つとして思い出せなくなっても。
交わした誓いだけは、忘れない。
我、汝を愛する者。
いかなるときも、永遠なる愛を汝に捧げることを誓う。
我、汝を愛する者。
いかなるときも、久遠に等しい時間の中で汝のみを愛すると誓う。
……チリン。
鈴の音が、聞こえた。
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目を覚ますと、窓の外でもう夜が明けようとしていた。
「……メリア?」
意識が途切れる前に訪れていた彼女の姿はない。
ベッドの上から起き上がり、窓辺を開け放つ。
空は厚い雲が覆っている。風はないが、なんとなく肌が粟立つような嫌な空気が流れていた。
夢を見た。
内容は思い出せない。けれど、とても大切な夢だったと思う。
思い出せそうで思い出せない気持ちの悪い感覚に、頭を掻きむしる。
ふと熱を感じて左手の小指を見ると、最近見かけていなかった赤い糸が出現していた。
糸は部屋の中を横断し、ドアの下から廊下に続いている。
『……呪い』
不意に、メリアの言葉を思い出した。
『強欲なドラゴンが、愚かにも結んでしまった呪い。
赤い糸は互いの血が混ざり合ってできたもの。その糸はどこまでも伸びるが、決して切れることはない。
互いを縛り付けて離さない……実に愚かな呪いですわ』
一語一句も忘れずに思い出せたことに驚きながら、俺は呟く。
「……ドラゴンの呪いって、俺は前世にドラゴンの怒りでも買ったのかねぇ」
気付けば糸は消えていた。
レティーさんに呪いのことを聞いてみようか。
そんなことを考えながら、俺は窓を閉めた。
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いつものように意識が落ち、レティーさんと白い糸を辿っていく。
今まで糸玉ができていた所もレティーさんが解いてくれたので、あっちこっちに糸が伸びてこそいるものの、絡まっているものは一つもない。
それをありがたく思いながら進み、繭玉の元に辿り着いた時、俺達は思わず息を呑んだ。
「なんだ、これ……」
あちこちに、金色の糸が張り巡らされている。繭玉自体に金糸は絡みついていないが、それを囲うように幾重も張り巡らされた金糸が、俺達の足を止めた。
レティーさんが手を伸ばし、金糸に触れる。
その瞬間、火花が弾け飛んで金糸が一瞬煙り、金色の炎を模ってレティーさんの手に牙を剥いた。
「レティーさん!」
思わず声を上げたが、俺が叫ぶ前にレティーさんは手を引き、後方に飛び退っていた。
「……この魔力……どうして…………」
呆然と掌を見つめるレティーさんに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「……うん。イツキ、一回戻るよ」
頷いたレティーさんが踵を返して元来た道を駆け戻っていく。
俺はその後ろを追い、レティーさんが手を繋いで空中に浮かび上がる。
意識が浮上し、目を開けた瞬間、レティーさんに両肩を掴まれて、俺はギョッとした。
「……さっきの魔力、イツキ思い当たる節はない?」
レティーさんの指が肩に食い込み痛い。俺は顔を歪ませながら必死に記憶を辿る。
「そういえば昨日メリアが部屋に来て、それから記憶がないけど……」
「……メリア? それって、ミュンツェと一緒に来た金髪の女の子?」
レティーさんの問いに頷く。先程からレティーさんの気迫が凄い。
なんというか、鬼気迫る感じだ。
「……イツキ、今日はもう帰って。リックも、帰っていいよ」
ようやく肩を離してもらい、ほっと息をつく。そう思った途端、今度はリックと共に地下室から追い出された。
「あれー? もう終わったんですかー?」
一階にいたコーとルーが首を傾げる。
「うーん、なんか、そうみたい?」
リックと顔を見合わせていると、階段に腰掛けていたシルが地下室へと降りていき、すぐに戻ってきた。
「アンタ達、ちょっと外に出ていてくれない? これから結界を張り直すのよ」
唐突な言葉に俺達が困惑していると、「なんならまた村にでも行ったら?」と言い残して、シルは慌ただしく二階へと上がっていく。
「だってー。どうする?」
困ったように眉を下げるルーの肩に、リックが手をかけた。
「じゃあ、三人共家においでよ。母さんもまた皆に会いたいって言ってたし」
リックの提案に俺達は乗り、シルの言う通り四人で村に行くことにした。
外に出ると、扉の前で待機していた兵士さんが俺に向かって敬礼する。
「今日は随分と早く終わったのですね」
「ああ、これから結界を張り直すそうです。なので、村に行こうと思ってるんですけど……」
語尾を口籠り、様子を窺う俺に兵士さんは「そうですか。少々お待ちください」と言い置いて、森の中に入っていく。
十分ほど待っていると、鎧を鳴らして兵士さんが駆けてきた。
「馬車は屋敷に帰しました。夕方に村まで迎えに来るそうです。自分はイツキ様に同行いたしますが、ご了承ください」
兵士さんの気遣いに感謝し、俺達は五人で村に向かった。
森の中を歩いている最中、リックが思い出したように呟く。
「そういえば、母さん朝からなんか作ってたな。多分、家に行けばお菓子くらいあると思うよ」
「えー、ホントー? やったー‼」
「ルー、少しは遠慮しなよー」
無邪気に喜ぶルーを窘めるコー。
不意に俺は昨晩のメリアを思い出し、リックに尋ねる。
「なあ、もしそれ余ったら持ち帰ってもいいか?」
「別に構わないけど、領主様にでも差し上げるのかい?」
聞き返してくるリックに首を振る。
「いや、屋敷にもう一人いるんだけど、そいつずっと屋敷の中にいるからさ。リックのお母さんのパンケーキ美味かったし、たまには何か持ってってやりたいんだ」
「あー、それお嬢様でしょー」
俺達の前を歩いていたルーが振り返り、会話に混ざってきた。
「お嬢様?」
「そー。この前イツキと一緒に来たんだけどー、すんごい美人だったよー」
「ただー、ディーネと物凄い喧嘩しちゃって。それから来てないんだよねー」
その時、不意にリックが足を止めた。
「なにこれ……」
静かに目を見開き絶句する彼女のただならぬ様子に、俺達も立ち止まる。
「どうした?」
俺が声をかけると、ハッとしたようにリックの虹色の瞳が焦点を取り戻す。
「この先に、凄い強い結界が張られてる。まだ発動はしていないみたいだけど、こんなに強いもの見たことない」
「え、この先って……」
リックの言葉に、俺達は思わず目の前に広がる木々を見つめる。
「……嫌な予感がする。早く村に行こうよー」
コーがリックの袖を引き、俺達は慌ててその場から離れようとした。
その瞬間、背後の草木が騒めき何かが飛び出してきた。
思わず硬直した俺達の目の前に現れた彼女は、目当てのものを見つけたように目を見開く。
「イツキ!」
「メリア!?」
思ってもみなかった人物に、俺は思わず驚愕の声を上げた。
「誰?」
「さっき言ってたお嬢様ー」
俺の隣でリックが振り返り、彼女の耳にルーが囁く。
その瞬間、ハッと目を見開いたメリアがリックと俺を突き飛ばし、次いで双子がその場に伏せた。
刹那、リックの頭があった位置を炎が走り、避けたメリアの顔の横を通過して近くの木に突き当たる。
次の瞬間炎が燃え上がり、樹木から火柱が立ち昇った。
「うわぁああああ‼」
突然の熱気に双子が叫ぶ。
俺は炎が飛んできた方向を見やり、そして言葉を失った。
炎が飛んできた方向。そこにいた人物は構えていた右手を下ろした。
「なんで……」
ルーが呆然と呟く。
濃い金髪。花の髪飾りと、木のペンダント。
「……!」
コーが声にならない声で叫ぶ。
ピンクのトップスと菖蒲色のスカート。白のロングジャケットに、亜麻色のブーツ。
「先生……?」
頭から被った透き通った布が、七色の粒を煌めかせる。
「レティー、さん?」
無意識に声が零れ落ちる。
俺達が見上げる先。
そこにはいたのは、レティーさんだった。