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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
22/120

22、パンケーキ






 ご婦人の案内で居間に通された俺達がテーブルの椅子を四脚占領して座っていると、奥からご婦人の鼻歌が聞こえてくる。

 どことなく漂っているしつこくない甘い匂いに鼻をひくつかせていると、ご婦人が持ってきたお盆を置いてテーブルに二枚皿を置き、戻ってもう二枚の皿と水差しのようなものを持ってきた。


 皿の上には少し斑に焼けたきつね色の薄いパンケーキが三枚重なっており、てっぺんに乗っけられた四角いバターが溶けて金色の雫が流れ落ちる。


 「おばちゃんがシロップかけちゃってもいい?」


 と尋ねてくるご婦人に頷くと、とろっとした茶色の液体が入った水差しを手に取り、そっとパンケーキの上に傾ける。


 中から流れ落ちてきた琥珀こはく色の液体がパンケーキを伝い、染み込み、皿の上に流れ出る。ぶわっと漂う甘い匂いに胃袋が締め付けられるように刺激され、唾液が口の中に溢れ出た。

 ご婦人は手際よく四人のパンケーキの上にたっぷりのシロップをかけ終えると、余ったシロップの入った水差しをテーブルの中央に置き、にっこりと微笑む。


 「さあ、召し上がれ」


 その声に食前の祈りを早口で捧げ(その頃には俺も一人で言えるようになっていた)、俺はもう一回「いただきます」と言うと、用意されたナイフとフォークを手に取りパンケーキに差し込む。


 スッと抵抗もなく入るナイフで生地を切り取り、フォークで刺して待っていましたとばかりに口に運ぶ。

 まだ温もりが残っている生地を歯で噛み締めた瞬間、溢れ出る爽やかな甘みとバターの塩気。舌の上でとろけていく生地があっという間になくなり、口と皿をフォークが往復する。


 ふと周りを見ると双子はうっとりとした表情でパンケーキに夢中になっており、シルも珍しくほころんだ表情で口を動かしていた。

 不意に手の横に置かれたティーカップに顔を上げると、目が合ったご婦人が笑いかけきた。


 「お味はいかが?」


 「すっげぇうまいです。あの、ありがとうございます」


 ご婦人にお礼を伝えて頭を下げると、「いえいえ~」と手を振ってご婦人は笑みを零す。


 「あなたがイツキ君ね? リックからいつも話だけ聞いてたのよ。今日会えてよかったわ」


 「あ、その、いつもリックにはお世話になってます」


 ご婦人の言葉にもう一度頭を下げると、「そんな、いいのよぉ」と肩を叩かれた。


 「あの子もね、近くに同年代の子とかいなかったからあんまりお友達とかいなくてね。だから、イツキ君が来るようになってから本当に喜んでたのよ~。よかったらお友達になってあげてちょうだいね」


 そう言ってにこにこと笑っていたご婦人の表情が、不意に曇った。


 「それに、あの目になってからあの子暗くなっちゃってたんだけど、最近は本当に明るくなってね。親としても嬉しいわ」


 「え? あの目になってからって……?」


 ご婦人の言葉を聞き返すと、「あらやだ、あの子ったら言ってないの」と、しまったという表情を浮かべるご婦人。

 その時、外からガラガラという音が響いてきた。


 「あ、帰ってきたわ。お出迎えしてくるから、少し待っててねー」


 素早い動きでリック達を迎えに行ってしまったご婦人に呆気にとられつつ、余っていたパンケーキを食べ終えてしまうと、少し癖のある香りのお茶に口を付ける。

 すると廊下から足音が聞こえ、バンと扉が開けられた。


 「あ、それとー、ルー達が来てるわよー」


 廊下の奥から聞こえてきたご婦人の声が、耳を通り過ぎていく。

 俺と目が合った瞬間硬直したリックの姿に、俺は持っていたティーカップをぽろりと落とした。


 「ちょっと、危ないじゃない!」


 幸い中身は空っぽだったので、すぐに手を伸ばしたシルの風が受け止め、テーブルに置き直す。


 切れ長の目を最大限に見開いたリックの虹色の瞳。いつもは猫背気味の背筋をしゃんと伸ばし、適当に梳かれていた髪は丁寧に整えられ髪飾りがつけられている。

 シンプルなワンピースに、すらりと長い脚を包むブーツ。


 そこにはまごうことなき美少女が立ち尽くしていた。


 「やっほー、リックー」


 「お邪魔してますー」


 双子の声にハッと我に返ったリックはズンズンと近づくと俺の手首を掴み、足を進める。

 慌てて立ち上がってついていくと、リックはそのまま外に出て家の裏側へ回り込んだ。


 「おい、どこいくんだよ。リック!」


 大股で歩いていくリックの後ろを駆け足でついていくと、不意に彼女はピタリと足を止めた。


 「私の本当の名前はリックじゃないよ」


 ようやく手を離したリックが、くるりと振り返る。その動きでスカートがふわりと舞い上がる。


 「私の名前はリクエラ。リックはただの愛称」


 そう言って彼女はフッと笑った。


 「誰も私のこと男だなんて言ってないじゃないか。そう非難がましい目で見ないでよ」


 リックの言葉にハッとし、慌てて目を逸らす。

 そうしてふと先程のご婦人の言葉に思い至り、リックに聞いてみた。


 「なあ、さっきお母さんがリックがあの目になってから暗くなったって言ってたんだけど、それってどういうことだ?」


 その瞬間、思いっきり顔をしかめたリックが溜息をつき、近くの木に手を添える。


 「そうだね。イツキにも話しておくよ」


 そう言って、彼女は物憂ものうげな顔を浮かべた。


 「私、昔はこんな目じゃなかったんだ」







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