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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
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19、治療






 「……イツキ、昨日言ってた子ってリックのこと」


 レティーさんの唐突とうとつな言葉に、俺は一瞬ぽかんとしてしまったが、すぐに昨日の『……大丈夫だよ。そういうのが得意な子がいるから』というレティーさんの声が蘇った。


 「へぇ、確かにこれは厄介ですね」


 と、リックが目を凝らすように眉間に皺を寄せる。


 「……ほーお、魔力がぐるぐる巻きか。核にまとわりついているのかな。これは解きがいがあるな」


 俺の核の状態をピッタリと言い得たリックにギョッと剥くと、気付いた彼はふっと笑みを浮かべた。


 「私の『目』って、魔力の流れが『視える』んだ。人や動物、植物の魔力の流れが全部見える。まあ、流石に核までは見えないけど」


 そう言って笑うリックの瞳が妖しく光り輝く。これが、彼の魔法だろうか。


 「……リックの目でイツキの魔力を視て、わたしが解く」


 レティーさんの言葉に、俺は「えっ」と息を呑んだ。

 そんな高難度外科手術のようなことが、果たしてできるのだろうか。


 「まあ、やってみなくちゃ分からない。てことで、イツキ上着脱いで」


 「……背中向けて」


 リックの指示でブレザーを脱ぎ、レティーさんの指示で背中を向ける。双子が持ってきてくれた椅子に腰掛けると、このまま聴診器でも当てられそうな雰囲気だ。


 「……大丈夫、昨日と同じだから。目、閉じて」


 しかし背中に当てられたのは聴診器ではなく両手だった。先程の話の流れ的に、レティーさんのだろうか。


 目を閉じる。その瞬間、昨日と同じように空気が変わった。

 意識が沈む。落ちていく。


 昨日だと蝶が現れたタイミング。どこからともなくあの薄水うすみず色の鱗粉りんぷんが宙を舞う。

 しかし、現れたのは蝶ではなかった。


 「え? 何やってんすか、レティーさん」


 目を閉じる前と同じ服装のレティーさんが、背中の羽を羽ばたかせる。鱗粉が零れ落ちた。


 「……こっちの姿じゃないと手が使えないから」


 そう言って飛んでいくレティーさんの後ろを追って、落ちていく。

 すると、いつの間にか再び糸が現れる。その糸を辿たどっていくと、やがて絡まった糸玉が出始めた。


 絡まりをレティーさんが引っ張ると、するりと呆気なく解ける。せっせせっせと片っ端から解いていくレティーさんに、手持ち無沙汰ぶさたになった俺は声をかけた。


 「あの、俺も手伝いましょうか?」


 「……駄目」


 しかし返ってきた返事は意外なものだった。


 「……自分で自分の魔力をいじるのはとても危険な行為 ……それに、そろそろイツキも暇だなんて言ってられなくなるよ」


 「それってどういう……」


 レティーさんの思わせぶりな台詞に聞き返そうとした瞬間、突然襲ってきた眩暈めまいに俺は軽くよろける。


 「―――っ」


 「……今まで固まっていた魔力を解してるの ……流れがよくなって魔力の量に身体が慣れるのには時間がかかるから ……時間が経てば楽になるよ」


 レティーさんに言われた通り、眩暈は段々治まってきた。


 「―――何で、リックの目が必要だったんですか? レティーさんなら、一人でも解けそうなのに」


 眩暈が完全になくなった頃合いを見計らって、レティーさんに気になっていたことを尋ねる。ずっと不思議だった。先程からリックの出番があるようには思えない。


 「……この姿を保つのって結構魔力を喰うの ……その分視力を落として、魔力を一定の範囲内で収めてる ……今わたしの目は、リックのものを借りてるの」


 そう言って振り返ったレティーさんの瞳が、見覚えのある虹色に変わっていたことにその時初めて俺は気が付いた。


 「じゃあ、レティーさんは今、リックの視界で糸を解いているってことですか?」


 俺の問いに、「……正解」とレティーさんの背中から声がする。


 「……上から俯瞰ふかんしてみている状態だからちょっとやりづらいけど ……でも、ちゃんと解けてるでしょ」


 少し自慢げに解けた糸を見せるレティーさんに、俺は感嘆の息を漏らした。

 前にテレビでロボットを使って遠隔えんかく手術をするというニュースを見たことがあるが、感覚としてはそれと似たようなものだろうか。


 「すごいですね」


 俺はただそう言うことしか出来なかった。

 レティーさんはその後ビー玉サイズまで丸まった塊に手をかけたが、一度も止まることなくちょいちょいっと引っ張って、潜らせてを繰り返してあっさりと解いてしまう。これがリックの視界なのだろう。


 「……そろそろ戻ろうか」


 レティーさんに言われ、俺達は解いてきた糸を今度は逆に辿っていく。

 振り返って見るとレティーさんが解いた範囲はまだまだ狭く、なにより核の周りの繭玉が残っている。これは時間がかかりそうだと、自分のことながらうんざりした。


 不意にレティーさんが俺の手を掴む。


 「え?」


 戸惑って声を上げた瞬間、レティーさんが力強く羽ばたいて真上に飛び上がった。

 昨日の蝶と同じようなスピードに、目を開けることすら叶わない。


 なんとか必死に呼吸だけは確保していると、次の瞬間レティーさんが突然手を離し、俺は虚空こくうに放り出された。

 驚く暇もない中、視界が白み始め、現実の肉体が目を開ける。


 その瞬間、昨日と同じような重みに襲われ、俺は椅子の上から転がり落ちそうになった。


 「あらあらまあまあ。坊やったらバテバテじゃな~い」


 突然耳元で囁かれた低い声に驚いていると、がっちりと背中を支えられ、俺が床に叩きつけられる未来は回避された。

 首を巡らせると、サラさんがにこにこと微笑みを浮かべている。


 「もう日は沈んだわよ」


 サラさんの言葉に目を剥き、俺は慌てて立ち上がろうとしたが、サラさんに肩を押さえつけられて立ち上がれない。


 「兵士ちゃんと馬車には夕方に帰ってもらったわ~。伝言を頼んでね」


 「伝言?」


 サラさんの言葉に、俺が首を傾げると、彼(彼女?)は嬉しそうに声を弾ませた。


 「坊や、リック。今日は泊まっていきなさい。もう日も暮れたし、どうせ明日もここに来るんでしょ? だったら泊まっていったほうが手っ取り早いじゃな~い」


 「あ、リックの家にも鳩飛ばしといたから。安心なさ~い」というサラさんに、リックが「そうさせてもらおうかな」と頷く。


 「坊やもそうしなさい。ね?」


 有無うむを言わさぬサラさんの言葉の圧に負け、(そもそも帰る手段は奪われた)頷くと、ようやく俺の肩から手を離した。


 「やったー、お泊り会だー!」


 「わーい!」


 いつの間にか俺を挟んで両側に立っていた双子が、ピョンピョンと喜びを露わにして飛び跳ねる。

 これは長い夜になりそうだと、俺は息をついた。







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