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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
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17、ドライアイス






 もうもうと立ち込める白い煙が晴れ、沈みかけた夕日がきらりと反射する。

 ひやりと漂ってきた冷気が肌を冷やし、吐き出した息が白く煙った。


 「……え?」


 誰かが零した声が、氷に吸い込まれていく。

 耳が痛くなるほどの静寂せいじゃくの中、俺達はその光景に絶句した。


 メリアを中心に、大地が滑らかな氷に覆われている。その氷は木々を伝い、葉を凍らせ、ディーネさんの降らせた雫までもが綺麗に凍り付いている。


 「あ……」


 ディーネさんの毒気を抜かれた呟きが、氷結した世界に降り積もった。

 パキパキっと微かな音が、氷を震わせる。

 ディーネさんの鞭は空中で凍りつき、彼女の腕までもが見る見るうちに肩まで氷に侵食されていった。


 「い、や……いや、いやよ、いやあっ!」


 「メリア! もうやめろ‼」


 恐怖に染まったディーネさんがもがき、咄嗟とっさに俺はメリアを止めようと声を張り上げる。


 「メリア……?」


 しかし、自分で自分を抱くように腕を抱えるメリアが身じろぎもせず、俺が近付こうと足を踏み出した瞬間、勢いよく飛んできた何かが左頬をかすめた。


 「って―――!」


 焼け付くような痛みに思わず左手を当てると、今度は指先に鋭い痛みが走る。視線を落とすと、指の腹が火傷やけどを負ったように赤く腫れていた。

 その時メリアの周りで空気が揺らぎ、白い固形物が空中で無数に生成される。


 「イツキ、伏せろ!」


 ミュンツェさんの切迫した声に、反射的にその場にうずくまる。

 次の瞬間、白い弾丸が四方八方に飛び散った。


 「うわぁあああ!」


 顔を両腕で庇いながら悲鳴を上げる。俺のすぐ横に着弾した塊から白い煙が立ち上るのを見て、俺はある物質に思い至った。


 「これ、ドライアイスか!?」


 だとすると、先程の頬と指の痛みは凍傷によるものだろう。

 ミュンツェさんは兵士に庇われており、レティーさんはツリーハウスの下で伏せている。ディーネさんは左手に持っていた弓を盾に変え、その中に飛び込んだドライアイスから白い煙がもくもくと上がった。


 不意に甲高い悲鳴が上がり、ツリーハウスの方を振り返るとドアから扉から顔を覗かせていたルーとコーの方向に幾つかのドライアイスが飛んでいく。


 「……シル!」


 「人使い荒いわよ!」


 レティーさんの呼びかけに、ツリーハウスの枝葉から飛び出してきたシルが頭をぼさぼさにしながら右手を振るう。

 彼女の手から生み出された風が、ドライアイスを跳ね返し、それらは真っ直ぐに俺に向かって飛んできた。


 「いけない!」


 「マジか!?」


 「イツキ‼」


 シルとミュンツェさんが腕を伸ばす。下手に避けようとすると、他のドライアイスに当たるかもしれない。どうする。動けない。

 無様に尻餅をついたまますくんでしまった俺は、意味もなく右手を伸ばす。


 ドクンッ、と一際大きな鼓動に身体が揺れた。

 頭の中で、秒針が鳴り響く。見ている景色が、コマ送りのように一秒ごとに動いている。

 カチッと秒針が止まった。刹那、右手から見えない波紋が広がり、一瞬だけドライアイスが空中に静止した。


 「え……」


 メリアと目が合い、彼女が息を呑んだのが分かった。


 俺は今、一体何を―――。


 「絶壁ぜっぺき‼」


 物思いに沈みかけた俺の思考を、ミュンツェさんの叫びが引き戻した。

 その瞬間バリバリと氷を割って大地がずれ、轟音ごうおんを立てながら突如とつじょ目の前に切り立った壁が生じた。

 俺を囲むように生まれたその壁はさながらがけのようで、飛んでくるドライアイスを傾斜が受け止める。


 「飛んでけぇっ‼」


 と、シルの怒号が聞こえた瞬間、地面からさらうような暴風が吹き荒れ、ドライアイスを巻き込んで吹き飛ばす。危うく俺も吹っ飛ばされるところだった。


 「イツキ! 大丈夫かい!?」


 まだ風の残滓ざんしが残る中、髪を乱したミュンツェさんが血相を変えて駆け寄ってくる。


 「はい、大丈夫です」


 とは言ったものの、俺の左頬を見たミュンツェさんは自身が痛そうに顔を顰めた。

 その時、ドサッという音が聞こえて崖の陰から出てみると、メリアが膝をついて蹲っていた。


 「メリア!」


 「待つんだ、イツキ!」


 ミュンツェさんの静止の声を聞かずに、メリアの元へ駆け寄る。

 膝を付いて顔を覗き込むと、呼吸こそ荒いものの意外と顔色は悪くなく、ほっと息をつく。


 「ちょっと……アタシのこと忘れてないでしょうね……」


 背後から忍び寄るような苦し気な声に振り返ると、ディーネさんが右半身を氷像に変えられていた。


 「あっらー、随分と派手に遊んだじゃなーい!」


 その時、野太い声が辺りを震わせ、俺はぎょっとしてツリーハウスに目を向けた。

 ルーとコーが見上げる先には、いつの間にか一人の青年が腰に手を当てて佇んでいた。


 金色味がかった赤毛は左右の肩の鎖骨まで垂らしており、褐色かっしょくの肌、太い眉、切れ長の燃えるような赤い瞳は男前という言葉がしっくりくる。金色のフープピアスが中々似合っており、深紅のショートジャケットから覗く腹筋は見事なまでのシックスパックに割れていた。


 あかね色のサルエルパンツにストラップサンダルという服装はどことなくアジアンテイストでありながら、サーフボードが似合いそうでもある。シルやディーネさんのものとよく似た、薄っすらと赤く透き通った布をストールのように首に巻いていた。


 青年がモデルウォークでディーネさんの元へ行くと、彼女は苦々しい表情を浮かべた。


 「サラ……出来ればお前の手は借りたくなかったわ……」


 「んもー! ディーネったらツレないんだから。あたし達の間に遠慮なんかいらないわよぉ」


 「そうじゃなくて、アタシお前のこと苦手なのよ」


 「まーたそんなこと言って。ディーネの恥・ず・か・し・が・り・屋・さん」


 青年はしなをつくりながら「きゃっ」と声を弾ませる。それを見ていたディーネさんの唇がとんでもないくらいひん曲がっていた。

 男の娘にも驚いたが、まさか異世界でおネェさんにまで遭遇するなんて思ってもみなかった。でもって結構メンタル強そうだな。


 「……もう、いいからさっさと助けてくれないかしら」


 「はいはーい」


 ディーネさんの疲れたような声に、おネェさんはにこにこと微笑みながら左手をディーネさんの肩に乗せる。


 「ちょっと! 触んないでよ変態男女!」


 「まっ! 酷いわディーネったら。それにそんなに動いたら手元が狂って火傷しちゃうわよ?」


 おネェさんの言葉にディーネさんが押し黙り、その隙にとおネェさんが左手に力を込めた。

 その瞬間、ディーネさんの身体から白い水蒸気が立ち上る。よくみると、凍り付いていた右半身から水蒸気が上がっているようで、ディーネさんの肩から先がどんどんと溶けて戻っていく。


 さいごに鞭まで溶けると、息をついたディーネさんが盾と鞭を消し、おネェさんにから目を逸らす。


 「……一応礼は言ってやるけど、調子に乗るんじゃないわよ」


 「んまー! ディーネったら素直じゃなくてかっわいぃ」


 「うるさい!」と怒鳴ったディーネさんはキッとメリアを睨みつけるなり、ビシッと指を差した。


 「お前、次またここに足を踏み入れたら今度は八つ裂きにしてやるわ」


 そう言うなり、きびすを返してツリーハウスの中に戻っていく。


 「あらあらー。ごめんなさいね、ディーネったら。あたしはサラマンダーのサラ。これからよろしくね、可愛い坊や」


 俺に向かって投げキッスをするサラさんに、本能的な何かがぞわっと背筋を震わせる。


 「……それから貴女、もうここには来ない方がいいわよ。次はないと思いなさい」


 一転してメリアに向かって冷たく言い放つサラさん。笑顔は浮かべているものの、目が全く笑っていない。


 「同感。もし来たら、今度はシルも止めないから」


 空中から降りてきたシルもそう言って、二人共ツリーハウスの中に入っていく。


 「……お前、なんであんなに嫌われてんの?」


 「知りませんわ」


 俺の問いに、メリアは我関せずといった顔で即答した。







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