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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
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12、ツリーハウス






 大木の中に入ると、そこにはまるで想像していなかった光景が広がっていた。


 幹の中は綺麗にくり抜かれ、床には長い年月を物語る年輪が刻み込まれている。中心にはそこそこ大きい円卓えんたくが一つ置かれ、真上の天井からは球体のペンダントライトがぶら下がっており、中でちらちらと炎が揺れていた。どうやって火をつけているのだろうか。

 壁という壁は本棚になっており、天井までぎっしりと本が詰め込まれている。驚くべきことに階段まで本棚になっており、登ったら底が抜けそうで中々に怖い。階段は床の下にも続いており、そこにシルの言っていた地下室があるようだ。


 唯一ゆいいつ扉の上にだけ本が無いと思って、よくよく目を凝らしたら窓だった。今は閉められているので外から見ても分からなかったのだろう。

そう、大木の中は文字通りツリーハウスとなっていた。


 「自分は外で待機しております。何かあったらお声がけください」


 「ああ、いつも悪いね。ご苦労様」


 俺達が大木の中へ入ったのを見届けると、ここまで護衛をしてくれた兵士が敬礼をし、扉をそっと閉める。

 その瞬間、扉を起点に虹色の光が壁を伝い走ったかと思うと、数秒間シャボン玉の膜のように揺らめき、ふっと掻き消えた。


 「今のは……」


 「『結界』だよ。魔力で練り上げられた障壁しょうへきのことで、攻撃を跳ね返す力があるんだ。それにしても、皆かなりピリピリしているみたいだね」


 俺の呟きにミュンツェさんが説明し、苦笑を浮かべながら辺りを見渡す。

 その声に答えたように、虹色の光がバチッと静電気のように走った。


 シルは不満気に鼻を鳴らすと円卓にバスケットを置き、あごをしゃくって俺達についてくるように促す。


 「イツキ。頼んでいたものは持ってきたかい?」


 ミュンツェさんの問いに、俺は肩にかけていた鞄に目を向けながら頷く。


 「はい。一応全部持ってきましたが、何に使うんですか?」


 「ちょっと交渉にね。悪いようにはしないさ」


 そう言ってミュンツェさんは自然にウインクをした。


 アイドル以外でウインクなんかする人初めて見たぞ。俺、ウインクできねぇんだよな……。


 「ちょっと、早く来なさいよ」


 二人で話していると苛立ったようなシルの声が割り込み、慌てて彼女の後に続いて下の階への階段を下りる。

 そこには一階とはまた違う空間が広がっていた。


 天井からは幾つもライトがぶら下がっているが、どこか薄暗い。左右の壁にはそれぞれ一つずつ机が置かれているが、右の机には結晶や試験管などの実験に使うような道具が散らばっており、左の机には羊皮紙や羽ペンなどの記録する道具が乱雑にまとめられていた。

 つるつるした大理石のような床の上にも走り書きのようなメモが散乱しており、更にあちこちに今にも崩れそうな本のタワーが積み上がっている。

 そんな足の踏み場もないような床の上に、誰かが座り込んでいるのが見えた。


 「レティー。ミュンツェ達が来たわよ」


 シルがそんな声を出せるのかと思うほどの優しい声で、そっと呼びかけるとその少女はゆっくりと顔を上げた。


 メリアのものよりも濃い柔らかな金髪は胸元で切り揃えられ、ワンレングスの前髪を青い花の髪飾りで留めている。華奢きゃしゃな首元にはペンダントがつけられており、ペンダントトップである木の部分は一部が焦げたように変色していた。

 年は二十歳に届いているとは思えない。十九か十八歳くらいだろうか。


 白衣のような白のロングジャケットの下には豊かな胸を包む、シルキーピンクのゆったりとしたトップスを着ており、太腿ふとももから膝下にかけて斜めにカットされた菖蒲あやめ色のスカートの裾から覗く脚は亜麻あま色のロングブーツに包まれている。シルのものとよく似た布を頭から被き、時折七色の粒が煌めいた。


 小さな顔には不釣り合いなほど大きな瞳は真冬の凍てついた泉のような薄水うすみず色で、しかし眠たげに半分閉ざされた瞼に隠れてしまって少し勿体もったいない。そのせいかいまいち何処を見ているのか分からず、どこか神秘的な雰囲気が漂っていた。


 「……何の用?」


 小ぶりな唇から零れ落ちた小さく囁くような声はほわほわと夢見心地で、実は眠っていると言われたら信じてしまいそうになる。


 「こんにちは、レティー。手紙でも伝えた通り今日はお願いがあってね。彼、イツキの『適正』を調べてほしいんだ」


 「……面倒」


 ミュンツェさんのお願いを、レティーさんはバッサリと切り捨てた。


 今さり気に面倒って言われたんだが……。


 「勿論ただでとは言わない。イツキ、鞄の中身を見せてもらえるかな?」


 「あ、はい」


 俺はミュンツェさんに促されて、鞄から教科書類を取り出す。

 ミュンツェさんからのお願いとは、前に見せた地図帳などの教科書類を持ってくることだった。何が必要なのか分からなかったので、一応全部持ってきたが。

 その瞬間、レティーさんの目がキラッと輝いた。


 「……本? ……こんなの、見たことない」


 「見せて」とレティーさんが持っていた本を山の上に重ね、腕を伸ばしてきたので、俺は渡そうと近づいたのだが周りに物が多すぎてレティーさんまで辿り着けない。


 この時きちんと中身を確認していれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。


 その時、ふうっと息を吐く音が聞こえたと思った瞬間、部屋の中を一陣の風が吹き荒れ俺の手から荷物を奪う。

 振り返るとシルが人差し指を回し、風をコントロールして巻き上げた教科書類をレティーさんの手の上に着地させていた。


 「……すごい」


 「うわっ、なにこれ本物みたいじゃない!」


 レティーさんが生物の教科書を広げて感嘆の声を漏らし、ふわりと浮いて上から覗き込んだシルが目を丸くする。


 「どうだいレティー。その本の中身、読んでみたいと思わないかい?」


 笑みを浮かべたミュンツェさんの囁きに、ページを捲っていたレティーさんの手がピタリと止まった。


 「……これ、読めるの?」


 教科書から顔を上げたレティーさんの目が、玩具おもちゃを前にした子供のようにキラキラと輝いている。


 「ああ、ここにいるイツキの手助けがあればね」


 そう言ってミュンツェさんは俺の肩を抱き寄せた。


 「どうだいレティー。交換条件といこうじゃないか。イツキは魔法に関する知識がほとんどなくてね。イツキの特性を調べ、彼に魔法の知識を教えることを条件に、彼にその本達の翻訳ほんやくをしてもらうってのはどうだい? 君にとっても悪い話じゃないだろう?」


 「……いいよ」


 ミュンツェさんの商談に、レティーさんはすぐさま乗った。


 「イツキもそれでいいかい?」


 「あ、はい。大丈夫です。よろしくお願いします」


 ミュンツェさんが確認を取り、俺は勿論頷く。

 床のメモを寄せて場所を開け、教科書を広げていたレティーさんが不意にピタリと停止した。


 「ん? レティー、どうしたの?」


 異変に気付いたシルがレティーさんの手元を覗き込む。俺達も何事かと様子を伺う。

 ペラリとページを捲る音がやけに木霊したと思った。


 「……これ、何?」


 レティーさんが一冊の本を掲げて見せる。

 それは水着姿のお姉さんの写真集の表紙で、その瞬間空気が凍ったのが分かった。


 先に言っておこう。俺は無実だ。

 凍てついた空気の中、レティーさんがペラペラとページを捲り始める。


 やめてくれ。一体これは何の拷問だ。

 レティーさんと一緒に写真集を見ていたシルの顔がみるみる内に真っ赤になり、目が吊り上がっていく。

 軋む首を回して隣を見ると、ミュンツェさんが俺の肩に回していた腕をそっと外した。心なしか視線が冷ややかなのは気のせいだろうか。

 更に首を巡らして後ろを見ると、メリアの視線が完璧に汚物を見るそれに変わっている。

 

 おかしい。俺が何をしたと言うんだ。

 こんな筈じゃなかったのに。


 彼らに囲まれながら、レティーさんが捲っていた写真集をパタンと閉じた。

 俺には、それがまるで死刑宣告を告げる音のように感じられた。

 俺は、一体どこで間違えたのだろう。


 すうっとシルが息を吸い込む音が響いた。


 「さいっっっってーーーーーーーーー‼」


 「イツキも男の子だからね。男の子だから」


 「――――軽蔑しますわ」


 三者三様の言葉が俺の心を鋭く抉っていく。

 レティーさんがそっと俺に向けて写真集を差し出してきた。


 いや、俺に渡されても困るんだが。


 「誰だ、俺の鞄にエロ本入れたやつ‼」


 この時ほど、悪ふざけが大好きな悪友のことを恨めしく思ったことはない。







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