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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
11/120

11、大木






 数時間後、俺は馬車に揺られていた。

 車内にはミュンツェさんとメリア。そして護衛だろうか、緋色の甲冑かっちゅうを着込んだ兵士が一人同席している。


 馬車は俺達が乗ってきたものよりも数倍はいいもので、窓は付いているし座席はふかふかだし、足元には絨毯じゅうたんまで引かれていた。


 やっぱお貴族様用だとこうも違うのな。


 俺は、移動時間を利用してミュンツェさんに魔法について教えて貰っていた。


 「イツキ、いいかい? この世界には『魔力』というものが存在している。魔力は存在する全ての存在に保有ほゆうされており、例えば私の中にも草花の中にも、石にだって存在しているんだ」


 そう言って、ミュンツェさんは自分を指差した。


 「魔力を保有できる量はそれぞれ個人差があり、私とお嬢さんだってその量は違う。これからイツキは、君の魔力の量を測ってもらいに行くんだよ」


 ミュンツェさんの言葉に、ワクワクとした感情が込み上げてくる。


 「イツキ。魔力はね、ある一定の量を保っていないと生命の危機におちいるんだ。もし限界を超えて魔力が底を尽くことがあったら、死んでしまうことだってあるんだよ。その現象を私達は『魔力切れ』と呼んでいる」


 ミュンツェさん眼差しは真剣だ。


 「さて、ここからは君にとって興味深い話なんじゃないかな」


 空気を変えるように笑ったミュンツェさんに、張り詰めていた空気がふっと弛緩する。


 「生命を維持するのに必要な魔力が蓄えられたら、それ以上の魔力は自由に使うことができる。この魔力を使うことを『魔法』というんだ。この魔法も個人差があって、その人独自の魔法があるんだよ。例えば火を操る人もいれば、身体強化の魔法を使う人もいるね」


 俺は、ミュンツェさんの話を食い入るように聞いた。


 「実は魔法が使える人はそう多くない。だから、イツキの魔力が魔法を使うほどまでに至らなくてもがっかりしないんでほしいんだ」


 しかし、ミュンツェさんの言葉に、芽生えていた期待がしぼむのが分かった。


 「それから、ここからが大事な話なんだけど―――――」


 「旦那様、目的地に着きました」


 ミュンツェさんが何か言いかけたとき馬車が止まり、外から御者の人が声をかけた。


 「……まあ、この話は後ほどしよう」


 俺と顔を見合わせたミュンツェさんが話を後回しにし、兵士が先導して馬車を降りる。

 ミュンツェさんの話は大体俺の知っているファンタジー小説の設定と大差なく、俺は割とすんなり受け入れられたと思う。

 兵士のあとに続いて降りると、目の前には鬱蒼うっそうと生い茂る木々が立ち並んでいた。


 「森……?」


 「目的地は、この奥にあるんだ」


 俺の呟きに、ミュンツェさんが森のさらに向こうを指差す。

 兵士、ミュンツェさんが森の中へと入っていったので俺も続こうとした時、メリアが立ち止まったままどこか遠くを見つめていることに気が付いた。


 「どうかしたか?」


 「……いえ、なんでもありませんわ」


 声をかけると、メリアは一瞬のタイムラグの後に何事もなかったかのように森の中へと入っていく。

 俺は怪訝に感じながらも、彼女の背を追った。

 森の中は湿気が多く、むあっと立ち上った土臭さや青臭さが鼻腔びこうに香る。


 俺、こういう青臭いの苦手なんだよな……。


 ミュンツェさんたちは、草が踏みしめられた獣道のような道を迷うことなく真っすぐに突き進んでいた。

 体感時間で十分ほど歩いたか。突然目の前が明るくなり、開けた場所に出た。

 その空間の中心には、一本の大木が根を張っていた。


 その幹はとても太く、三十人が手を繋いでようやく囲めるといったところだろうか。生い茂った葉は太陽の光を一身に浴び、きらきらとつややかな表面をきらめかせている。なんというか、「大きい」という言葉が体現化したかのような存在感だ。

 俺が大木に見入っていたその時、枝と葉の間から何かが飛び出し、それは俺達の頭上でピタリと停止した。


 「遅かったじゃないミュンツェ。わざわざシルがお出迎えしてあげるんだから、もっと早く来なくちゃ駄目よ」


 「やあ、おはようシル。君にとって私達を待つ時間なんか一瞬だろう?」


 「分かってないわね。お客さんを待つことってとっても待ち遠しいのよ?いつもシルが待ってあげてるんだから、ミュンツェはもっと早く来る努力をするべきだわ」


 ミュンツェさんとタメ口で会話する声は、甲高く幼い。

 ふわふわと宙に浮かんでいるのは、推定十歳程と思われる少女だった。


 編み込んだミディアムの髪は淡緑色をしており、サラサラの髪はどんなに風にあおられても絡まることはない。線の細い身体を包むのはシフォン生地のミニワンピースで、パステルグリーンの色合いは、色素が抜け落ちたような彼女の純白の肌の上で鮮やかに色付いていた。


 その顔立ちはあどけなく、大きな瞳は澄んだ水に一滴緑を垂らしたように淡い。頭から被った一枚の透き通った布は、風に煽られるたびにキラキラとラメが入ったように輝く。

 全体的に透明感のある少女だが、だからといって陰が薄いわけではなく逆にプレッシャーを感じる程の存在感があった。


 うっわー、いかにもファンタジー的な美少女だわ。髪とか緑だしね。空飛んじゃってるしね!


 「それもそうだね。お詫びといっては何だが、お菓子を持ってきたんだ。よかったら、お茶のときにでも召し上がってくれ」


 「あら、ありがと。チビ達が喜ぶわ」


 ミュンツェさんの言葉に、兵士が一歩進み出る。その手には、よろいの戦士に似合わないガーリーなバスケットが抱えられていた。

 少女が口の前に手をかざし、ふっと息を吹きかける。

 その瞬間、さらさらと葉擦はずれのような音がしたかと思うと兵士の手からバスケットがさらわれ、瞬く間に宙に浮き少女の伸ばした腕の中へとキャッチされた。


 「ところで、そこの坊やはなぁに?」


 バスケットの中を覗いていた少女が思い出したように俺を指差し、首を傾げる。


 人を指差すな。


 「あぁ、そういえば紹介していなかったね。彼はイツキ・カクシガミ。イツキ、彼女はシル。実はさっき言えなかったんだが―――」


 「ふーん、イツキって言うんだ。シルはね、風の精霊シルフ! こう見えて結構すごいんだから」


 ミュンツェさんの言葉をさえぎり、シルという名前の少女が胸を張る。


 というか、今精霊って言ったかこの子。確かに宙に浮いてるし、普通じゃないって思ってたが……。


 「ってことは、人間じゃない……?」


 「ちょっとぉー‼ 人間じゃないってなによ! シルは人間なんかよりもすごいんだからね! っていうか、アンタまさか亜人のことまで知らないわけじゃないわよね!」


 シルの物凄い剣幕けんまくに、俺は何と言っていいのか分からず口籠くちごもる。


 「シル、彼を責めないでくれ。ちゃんと説明しなかった私が悪いんだ」


 そんな俺に救いの手を差し伸べてくれたのはミュンツェさんだった。


 「ちょっとミュンツェ! こんな世間知らずの子どこから拾ってきたのよ。まさか東の果てから連れてきたなんて言わないわよね」


 「そんなまさか。それより、先にレティーに会わせてもいいかな。その方が話が早いと思うんだ」


 「えー、そりゃあの子は気にしないでしょうけど、シルは気が進まないわ」


 そう言って視線を巡らせたシルが、メリアに目を止めるとギョッとしたように目を剥いた。


 「ちょ、アンタ……! 嘘でしょ!? なんでアンタがミュンツェと一緒にいるのよ!」


 甲高い声で叫び、勢いよく指をさすシル。心なしか彼女を包む風が荒れている。


 二人とも知り合いか?


 俺の予想を他所にメリアはというと、澄ました顔をして首を傾げていた。


 「あら。わたくしが何かいたしまして? もっとも、貴女とは初対面のはずですけど」


 「な―――っ!」


メリアの言葉に、シルの顔がみるみるうちに怒りに染まっていく。


 「~~~~~っ! ミュンツェ! アンタ、一体どういうつもりでコイツを連れてきたのよ! アンタ分かってやってるんでしょ!?」


 言葉に詰まったようにうなり声を上げていたシルが、標的をミュンツェさんに変える。


 「いやね、イツキの身体のことはお嬢さんも知っておいたほうがいいと思ってさ。それに、彼女に以前のような力は残っていないよ。シル」


 ミュンツェさんのなだめるような言葉に、シルがハッとしたように目を見開く。

 彼女はしばらく黙考もっこうしていたかと思うと、メリアの目の前までふわりと下降し彼女の顔を覗き込んだ。


 とてつもない美少女同士が向かい合っていると、それだけで絵になるな。


 「…………確かに、そうね。アンタ、ホントに――――」


 「お黙りなさい」


 シルが何かを言いかけたその瞬間、メリアからとてつもない威圧感が放たれ、シルが思わずといったように仰け反る。男衆三人は反射的に、一歩後ずさっていた。


 ――――っ、なんだこれ。身体が、委縮いしゅくして動けねぇ……!


 メリアの威圧は一瞬のことで、それが掻き消えた瞬間シルは宙を駆けてメリアと距離を取り、俺は思わず脱力した。


 「ちょっとちょっとー! ミュンツェ、ホントにコイツ力残ってないの!?」


 宙からシルが喚き、ミュンツェさんが引き攣った笑いを浮かべる。メリアはというと、フンと鼻を鳴らし、金髪を掻き上げた。


 いや、時計塔の時も思ったけど、ホントこいつ何者だよ!?


 「ま、まあいいわ。でもね、ミュンツェ。あいつらはもう気付いているわよ」


 「どうやらそのようだね。これは厄介なことになったかな」


 「シルは知らないもーん。ミュンツェが撒いた種なんだから、自分でどうにかしなさいよね」


 ツンッと拗ねたようにそっぽを向いたシルが宙を駆け、大木の根元に降り立ち樹皮に手をかける。

 すると、軋んだ音を立てながら樹皮の扉が開かれ、中から木を削ったような匂いが流れ出してきた。


 「入って。あの子は多分地下室で待っているわ」







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