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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第四章 隠された傷跡
100/120

100、置いていく






 視界が歪むと共に、引きずり込まれるような感覚に襲われる。

 次に目を開けた時、そこには日本庭園ではなく既に見慣れた景色になりつつあるミュンツェさんの屋敷の玄関があった。


 「これがおれの力、『空間渡り』だよぉ」


 自慢げに胸を張る璃穏さんに、ミュンツェさんが頭を下げる。


 「食事や風呂まで頂いてしまい、申し訳ありません。ありがとうございました」


 「気にしないでぇ。おれが勝手に連れてきちゃったんだしさぁ」


 袂の中に手を入れて笑う璃穏さんは、ミュンツェさんとの話を切り上げて俺に手を振った。


 「じゃあねぇ、一期君。また遊びに来るねぇ」


 そう言って踵を返した彼の背中が揺らぎ、煙のように掻き消える。それと同時に、屋敷の中からばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。


 「旦那様!」


 勢いよく扉が開かれ、執事長さんやメイドさん達が飛び出してくる。


 「やあ、皆。突然居なくなってすまなかったね」


 「その様子だとご無事なようで何よりです。ですが」


 片手を上げて詫びるミュンツェさんの姿に執事長さんが胸を撫で下ろすが、キッと目を吊り上げた。


 「旦那様ともあろう御方が、何も告げすに姿をくらますとは何事です。自身のご身分をお忘れですか?」


 「いやぁ、これには色々と事情が……」


 「ほほう、ではその事情とやらを聞かせていただきましょうか。そしてスカイル、ルイーゼ」


 主人に臆せず小言を言う執事長さんにミュンツェさんがタジタジになっていると、その影に隠れて足音も立てずに逃げようとしていたスカイルとルイーゼが名前を呼ばれて、ビクッと肩を跳ねさせる。


 「貴方達には給仕の他にも仕事がありましたよね。それをほっぽりだしてどこに行っていたのです?」


 「え、えーと」


 顔を引き攣らせてスカイルが口籠り、ルイーゼが無表情ながら冷や汗を滲ませた。


 「……まあ、いいでしょう。旦那様と二人には後でお話しを伺います。ところで、そこに居らっしゃるのはルコレ様ですかな?」


 嘆息をつき、三人を解放した執事長さんがルーとコーの方を振り返る。手を繋いでいた二人は彼の前まで進み出てきた。


 「はいー。ルーですよー」


 「ルコレ様、お帰りなさいませ。よくぞ戻られました」


 胸に手を当ててお辞儀をした執事長さんに合わせて、メイドさん達がお辞儀をする。その光景にルーが目を見開き、顔を歪めた。


 「はい! 只今戻りましたー」


 ポロポロと涙を零すルーをコーが抱き締め、耳元で囁く。

 僅かに俺の耳に届いた小さな音は、「帰れる家があるって、幸せだね」と言っているような気がした。


 「さて、皆様中へ入りましょう」


 ルーにハンカチを差し出しながら執事長さんに促され、俺達は屋敷の中へ入った。


 「メリア」


 各々自分の部屋や仕事に戻っていく中、俺はメリアを呼び止める。


 「なんですの?」


 振り返った彼女の金髪が揺れ、灯りの光にきらきらと反射した。


 「あのな、風呂の時に璃穏さんに言われたんだが、俺、璃穏さんに言えば元の世界に帰してもらえるらしい」


 「……そうですか」


 俺の言葉にメリアは微塵も顔色を変えない。よく考えたら、メリアもドラゴンなんだから璃穏さんの力のことくらい知ってたか。


 「……貴方は、どうするのです?」


 「え? ああ、それがまだ迷ってるんだ。というか、いきなり言われて戸惑ってるっつーか」


 「そう……」


 頷き、メリアは黄金色の瞳で真っ直ぐに俺と目を合わせた。


 「貴方が元の世界に戻ろうと、わたくしには関係ありませんわ。戻るなら、お好きになさい」


 「あ、ああ、そうだよな。悪い、変なこと言った」


 思ったより辛辣な言葉を返され、反射的に誤ってしまう。「では」と背中を向け、廊下を歩いていったメリアに続き、俺も自分の部屋に足を向けた。


 「俺、何でメリアに言おうと思ったんだ?」



========================================



 自室のドアを閉め、メリアはそこに背中をつけるとずるずると床に座り込む。

 両手で顔を覆い、彼女は声を震わせた。


 「……貴方もわたくしを置いていくのですね……イツキ……ッ!」



========================================



 薄闇の中に灯ったランプの中の炎が、ゆらりと揺らめく。

 音もなく部屋の中に入ってきた人影に、椅子に座ったその人はゆっくりと首を巡らせた。


 「……ラルシャンリ家の屋敷の者は、ハーフドラゴンと接触した模様」


 黒のロングコートを纏った人物が端的に述べると、その人はふっと笑い声を漏らした。


 「そうか。あいつが動くとは予想外だったがな」


 机の上には掌程の大きさの魔石が、二つ乗せられている。

 一つは薄っすらと透き通った漆黒の石。触れるとひんやりと冷たいそれからは、膨大な魔力が込められていることが分かる。


 もう一つは、薄い黄金色に色づいた透き通った石。こちらは仄かな温もりを纏い、小刻みで一定な波動を放っている。そして、漆黒の石とは比べ物にならない程の魔力が放たれていた。

 その人は黄金色の石を摘まみ、ランプの炎に透かす。持っている手が放たれる魔力に耐えられないというように震えるのを見て、その人は唇の端を吊り上げた。


 「待っていろ、アルストロメリア」


 摘まんでいた石を机の上に戻し、その人は椅子から立ち上がってコートの人物の元まで歩み寄る。


 「求めるものは世界を陥れる混沌。あの時の混乱の再来だ!」


 両手を広げて愉悦に哄笑を上げるその人の影をランプに灯った灯りが長く伸ばす。その人の足元に跪き、コートの人物は頭を垂れた。


 「……全ては貴方様の仰せのままに」


 フードの中で、ギリッと奥歯が噛み締められた。







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