ウィトゲンシュタイン
薄い夕暮れ 高い空の下
静かに風がうたう
乾いた森の公園に
フィトンチッドはなく
足の下に敷かれた
黄金色だけがなにかつぶやく
坂を下り視界が開ければ
港が遠く見える
すこし降りれば古い展望台
オリーブ色のケープが翻ると
風が 強く なった
高く 長く 深く 響く
徐々に風は意味をなした
ウィトゲンシュタイン
君はなぜ答えを出したの 言葉は同じ世界を表さないと
ウィトゲンシュタイン
君はなぜ諦めたの 心は届かないと
正しさに その正しさに 少しだけ 人は気づいているけれど
言葉にしたくないんだよ 言葉が心を孤独にしてしまうから
乾いた風が吹く崖に
座るベンチはなく
足の下のコンクリートが
立ち見の天井桟敷
言葉が世界をつくる
言葉が心をつくる
風が意味をつくり続けていく
私のなかで
世界は絶えず
生まれ消えてゆく
高く 長く 深く 響く
私の喉も低く哭いているよ
ウィトゲンシュタイン
君は愛想笑いをしていた 暖かい人達のなかで
ウィトゲンシュタイン
君は背を向けつづけていた 所詮記号だろうと
ぬくもりにそのぬくもりに 本当は 君も気づいていたんでしょう
でも言葉にしたくなかったのは それがあまりに大切だったから
言葉にならない君の気配にオリーブ色がひるがえった
坂の上には誰もいない
世界がひとつ消えた
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