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ロマンチックさなんてカケラもない。ガッサガサの唇。傷だらけの顔。ボサボサの髪。それなのに周りにいるギャラリー。
『私は女優だ。こういうシーンの撮影』
そう思い込む。だけど実際に心臓はバクバクで今にも飛び出そうだ。
わずかに震える唇をそっとつける。唇についたわずかな血が生暖かい。
『お願いだから、元に戻って』
一度やってしまえば恥ずかしさなんて薄くなる。祈りを込めて、大切に。愛おしさで胸がいっぱいになり、温かい気持ちが胸に広がる。
一度唇を離し、ぎゅっと彼を抱きしめ、もう一度口付ける。好き、愛してるという気持ちを伝えるように。
どれほど時間が経ったのか、目をうっすらと開ける。
『陽が出た、、?』
うっすらと眩い光が辺りを包んでいる。陽が出たのかもと思ったが、その光が自分の周りだけだと知り、目を大きく見開く。自分がやったのかと驚き、普段通りになったはずの鼓動が再び早くなる。
「な、何、これ」
温かい、優しい淡い光。セシルやトウマ君も驚いてこちらを見ている。私には特に違和感や変わったことはない。何か特殊効果が現れているのは、
「っ!?!?」
ハッと息を飲む。オリヴァーお兄ちゃんが光に包まれている。どうなっているか見たいが、中心は特に白く包まれていてわからない。
「えっ、やだ、ロマンチックさなくて死んだ!?え、天使のお迎えじゃないよね。まさか私悪役だからそれでやばくなったとか!?」
「落ち着いてください、違う、これは」
現状を上手く理解できず頭が混乱した。悪役のキスだなんて呪いであって、それで殺してしまったのかと焦る。さっきの恥ずかしさも何故か思い出し、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
しかし、セシルの一言でふと我に返る。そして目を凝らして今一度彼の方をよく見る。彼を包む光は大きくなったり小さくなったり、モゾモゾと形を変えつつ段々と大きくなる。ふと彼の方に手を伸ばした。特に理由もなく、不思議だから、何故かそうしようと直感的に思ったから。光に、彼に触れようと恐る恐る。でもやめようかと手を戻しかけた。その時だった。
「捕まえた」
「えっ」
何かを掴もうと伸ばした手は他の手に捕まった。温かくて大きい、こちらの小さな手を包むような手。私はこの手を知っている。そしてこの声も、何度だって聞いた優しい声。僅かな期待に胸が弾む。
「お、オリヴァー、お兄ちゃん?」
「ただいま。レティア」
向けられる優しい笑顔。目には光が戻り、顔色もよくなっている。暗いオーラも出てないし、なんなら神様のような晴れやかなオーラを纏っている気がする。
「ほ、ほんとに?これから天に昇るとかそんなんじゃないよね」
「信じられない?こうしても?」
瞬間掴んだ私の手を引き寄せ、ぎゅっと体を抱きしめられる。突然のことに心臓が驚く。でも、そのぬくもりが、鼓動が確かに彼の生を証明している。もう触れられないかもと思っていた彼のぬくもりを感じ、不意に涙がこぼれ始める。さらに生きていることに安心したというのも相まって力も抜けてしまう。
「本当だったのですね。レティア様の力は」
「魔王だった私が嘘を言うわけはないだろう」
「レティアさんだったらやってくれると思いました」
セシルは少し残念そうに、でも安心したように言う。私にも聖なる力はあると聞いていたんだろう。ゲームを知っているからか、それはないと思っていたが、まさか本当にあるだなんて。自分でも驚く。トウマ君もよかったと言いつつポロポロと泣いている。今思うと本当に彼がいてくれて助かった。
「本当に助かった、ありがとう。レティアも、みんなも」
「お礼は私ではなくレティア様に」
「僕もお手伝い程度だったんで」
「いや、二人がいてくれなかったら私だって全然だったよ」
「ともかくみんなありがとう」
少し振り向き、こっちにおいでと二人を呼ぶ。そしてトウマ君とセシルも合わせてみんなでしばらく抱き合っていた。何よりも代え難い大切な仲間。みんなで掴み取ったこの幸せ。これから先も大変だろうけど、今はこの幸せな時を噛み締めようと思った。




