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「彼女を助けなくていいんですか?」
「有能な侍女がすぐに助ける」
「それであなたは私を倒しに来たと」
「私の家族を、国の皆の敵を取りに来た」
拐われたレティアを助けるべく、トウマ君につきて来てみればいつぞやの小屋の前でリックは不適に笑っていた。それこそあの時と同じようにこちらを嘲笑うように。目があった途端に悔しさがこみ上げ、手をきつく握りしめる。痛みなんて感じない。既に思考が、神経が怒りに支配され尽くしている。ギロリと彼を睨むとゆっくりと自分の元へと歩み寄ってくる。その隙にセシルとトウマ君は小屋の中の彼女を助けようと向かう。私はリックに言われるがままに開けた場所へと向かう。今までの怒りも込めて、彼を苦しめて倒さなければ気がすまない。
「彼女、まだ息があるといいですね?」
「、、、どういうことだ?」
少し離れた場所につくと、彼はゆっくりと口を開く。彼の放った言葉により怒りで埋め尽くされていた頭の中に少々不安が浮かび上がり、彼に尋ねてしまう。彼女は囮に使われているはずだから殺されてはいないと思っていたが、まさか、そんなわけはないだろう。
「どういうことって、あなたたちが来るのが遅すぎて。あまりにもつまらなかったので彼女をいたぶりつけていました。殺してはいないですけど、、、」
「貴様っっっ」
「思い出しただけで思わずにやけますね。やめてと叫び、ぐちゃぐちゃになる様子はとっても、、、ふふふっ!」
「許さない、彼女を、レティアを」
もう理性なんてものはなかった。またも自分の大切な人を傷つけられた。もとから怒りに支配され冷静に考える余裕さえ残っていなかった。少し考えればはったりだと思い、冷静さを取り戻せたかもしれないがそれが無理だった。出来なかった。自分ではない感情の闇に押し潰されて、心は、頭は真っ黒く塗りつぶされていく。
「そうだ、怒れ、怒り狂え!!!その怒りの気持ちがお前を魔王にするんだ」
「ふざけるな!!!」
ああ、ヤバイ。叫んだと同時に闇が押し寄せる。頭の片隅で思った時にはもう体が動かなかった。体が何かに支配され、意識を手放してしまった。
※※※
「う、嘘、いや、いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
目の前の出来事の衝撃に思わず悲鳴が出る。悔しくて、悲しくて、寂しくて、怒って、傷ついて、様々な負の感情が押し寄せる。信じたくなくて、目を反らそうが、瞑ってみても現実は変わらない。
「あ、あぁ」
そう、目の前にいるのは魔王化してしまったオリヴァーお兄ちゃんである。彼をそのまま真っ黒染めてしまったような見た目で美しいは美しいが、目付きが完全にヤバイ。黒いオーラも纏っているし、ザ・ヤバイやつというのが一目で理解できる。
「そうだ、これを待っていたんだ。ありがとうオリヴァー君。これで後は私が君を倒せばいいんだ」
リックは嬉しそうな顔で彼に近づく。多分今の衝撃はサヴィニアにもきっと届いている。ここらには黒いモヤが立ち込めているため、何か問題があったということはすぐに分かるだろう。自国の兵士が確認のためここへ来るのも時間の問題だろう。それまでに何とかしなければ。
「やめて、彼は倒させない。何とかして、元に戻す!」
慌てて彼の前に立ちふさがる。倒す=彼を殺すという事だ。絶対にさせるわけにはいかない。両手を広げて守るように立ちふさがる。キリッと彼を真正面から睨み付ける。そしてどれ程彼を睨んでいたのであろうか。前からの攻撃、リックからしか攻撃されないと考えていた時であった。私は突然後ろから横に払い飛ばされる。
「うっっ、つ」
そして私は思い知った。もう彼ではないのだと。




