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集合場所は国境付近の森。連絡はいつもここで、口頭で行う。集合をする日の前日は、女があの店に来る。僕にはそれが合図だった。
「ねぇ、そっちはどう?」
「何も?問題ないさ」
「そう、くれぐれもレティア様に傷をつけないでね」
「わかってるさ。勇者にも、でしょ」
「もちろん。わかってるならいいわ。明日、くれぐれもしくじらないでね」
「そっちこそ。成功したら約束、守ってくれよ」
「当たり前よ。私はレティア様が絡んでいる事で嘘なんてつかないわ。また、明日」
女は踵を返して、来た道を辿って帰っていく。僕はこの女と取引をしている。ある事件を成功させたら僕の願いは叶えてもらえる。ようやく、会える。ずっと会いたいと思っていた。あの女の命令を聞くのも明日まで。あの嫌な空間にいるのも明日までだ。願いはついに叶う。ついに...
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「やっぱり、美味しい」
頬を手で押さえ、じっくりと味わう。
「いつ食べても最高です」
彼の皿の上にあったはずのザッハトルテはもう既になくなっていた。一口もらおうと考えていたが、どうやらもう無理なようだ。
「ありがとう。それより、紅茶どうぞ。入れたてで熱いよ」
「過去を思い出してたからか、人に優しくされると涙がでそう」
「そんな大袈裟な」
あれから屋敷に帰ると、私たちの注文通り、お菓子をつくってもらった。やはり、完璧にお菓子を作ってしまうこの男、女子力チート...。
「こっちの世界にもザッハトルテなんてあるんですね」
「そういえば、カンノーロもよく知ってるね」
思えば不思議だ。この世界にもお菓子はあるが、ザッハトルテやカンノーロなんてあまり見たことなかった気がする。
「このノートに、実はね」
「それって...」
ルシアンが見せたのは、いつぞやに私があげた、セシル作の日本料理のレシピなどが乗っているノートであった。
「ちょっ、ルシアン!」
「ん?」
彼の腕を引っ張り、部屋の隅に連れていく。
「え?何?」
「私が、転生者なのはトウマ君には絶対に内緒。だからこんなノート、見せちゃダメ!」
「そ、そうだったね」
話が終わると、さっと席に戻る。彼は何があったのかわからないという顔をしているが、答えてしまうと何かボロを出してしまいそうなので黙っておく。幸い、こちらが絶対に何も話さないよとする意図を汲んだのか、彼は焼きたてのクッキーに手を伸ばし、先程ルシアンがいれた紅茶と共に食べている。
「いい匂いがするな」
「オリヴァーお兄ちゃん」
食堂の扉が開かれ、入ってきたのはオリヴァーお兄ちゃんだった。
「ルシアンがクッキー焼いたのよ、食べる?」
彼を誘うと無言で席に座る。どうやら食べたいらしい。小皿に数枚のクッキーをいれて、彼に渡す。それを見たルシアンはさっと紅茶の用意をする。実に良くできた人だ。
「先程、どこかへ行っていたのか?」
「ちょっと、あの丘にね」
「それは知ってる」
「え?」
ではどういうことだろう?別に寄り道なんてしてないし、もしかして、ルシアンの上着を着たことがバレて怒っているだろうか?
「レティア、君にじゃない。お前だ、ルシアン。私は君に聞いている。今朝、お前は誰と会っていた」
厳しい顔で問いかけるオリヴァーお兄ちゃん。ルシアンの方を振り替えると先程のにこやかな笑顔は消え、真顔になっている。せっかくの和らいでいた空気は一瞬にして張り詰め、美味しかったはずのカンノーロは味がしなくなった。
いつも読んでくださりありがとうございます!
これから少しずつ真相に近づいていくのでよければ最終話まで見守っていただけると幸いです。




