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前半はトウマ君の過去です。


 

 普通に暮らしていただけだった。両親がいて、自分を慕ってくれる弟がいて。何の変哲もない日常。幸せな日々を送っていただけだった。


 あの事件が起こるまでは。





「親父と母さんが...」


 受話器を持ったまま、固まるだけだった。軽いはずの受話器はいつもより重く感じる。放たれた言葉に自分の思考が追い付かない。それくらい、衝撃的であった。


 15歳。高校生直前で両親を交通事故で失った。あまりに突然の出来事であった。


 その後、弟と自分は母方の祖父母と暮らす事となった。二人とも、自分たちに寄り添ってくれた。優しく、接してくれた。


 ようやく自分の心の整理が出来たとき、事件が起きた。


「なにやってんだよ!」

「はぁ?間違ったこと言ってる奴を正してやっただけだよ」

「だからって...」


 視線を横にずらすと、今にでも殴りだしそうな勢いの男性と、傍らで涙を流す女性。その二人に土下座をする祖父母。数人の警察官と医者。


 弟が暴力事件を起こした。とてもひどくやってしまったらしく、相手は未だに意識が戻らないらしい。部屋から聞こえるベッドサイドモニタの音がやけにうるさく感じる。


 事の発端はこうらしい。弟が久しぶりに学校へ行くと、相手が「お前の両親、交通事故で死んだんだってな。可哀想に」と言ってきたらしい。それも大声で。そこまではまだ弟も耐えていた。必死に泣くまいと。手を出すまいと。ただ、更に相手が続けた言葉によって、弟の感情は爆発した。


「お前の両親はきっと悪いことしてたんだろうな。俺のおばあちゃんが言ってたぜ。早く死ぬってことは前世で悪いことしたからだって。お前の家族、呪われてんじゃね」


 冷静に考えれば勝手な作り話だと、容易に想像できる。しかし、弟はまだ両親の突然の死から立ち直れていなかった。だから。近くにあった椅子で相手を殴り付け。馬乗りになって、手が血まみれになるまで何度も殴り続けたらしい。自分が祖父母と駆けつけたとき、弟は先生数人がかりで押さえつけられ。血にまみれた相手は力なく横たわり、保健室の先生らしい人が必死に応急処置をしていた。あの光景は今でも頭に焼き付いて離れない。


 弟はそれ以来、人が全く変わってしまったようだった。


 毎日、悪い仲間とつるんで、警察沙汰の事件はしょっちゅう。未成年飲酒、喫煙、ついには薬物にまで手を出そうとしているところだった。


 可愛かった孫の変貌にショックを受けたのか、あまりの素行の悪さに愛想をつかしたのか。実際は後者に近いが、祖父母は自分たちを捨てた。


 弟は金がないとわめくようになり、ついには家を出ていった。


 ヤバイ奴の兄ということで、俺もヤバイ人扱い。両親が亡くなったことによって、自分の人生はめちゃくちゃになった。


 一人で暮らすのにも金がつきた頃、自分が来たのは昔、弟とよく遊んだ近くの河原だった。夕日が溶けたようなオレンジ色の川を目の前に、『この川に入ったら楽になるかな?』なんて考えてしまった。目を凝らして見たら、川の水面に昔の家族が写った気がした。懐かしさに涙が溢れ、気がついたら、川に入っていた。幸せな光景を写す水面に追い付こうと、気がついたら足のつかない深い所に入ってしまっていた。しまったと思ったときには時既に遅く、『人が流されてるぞ』『早く救急車を』なんて声を聞きながら自分は流されてしまっていた。



 ※※※


 ヒーローの出生は、明るいものだと愛のあるものだと信じていた自分にとって、告げられた過去はあまりにひどく、残酷であった。


「これは、神様が自分にくれたやり直しの人生のようなものだと思っているんです」


 内に秘めていた過去を語った彼の顔はいつもに増して男らしく見えた。前世のゲームの世界とはまた違った彼の過去。私もセシルも知らない、今のトウマ君の過去。そうか、これが彼の決意なのだろう。前世の自分と今世の自分、いかに恵まれているか、オリヴァーお兄ちゃんの過去も含め、ひしひしと感じる。何か声をかけたいが、私はかけていいような言葉も見つからず、黙ることしかできなかった。



いつも読んでくださりありがとうございます。

寒暖差が激しいですが、体調を崩さないようにお過ごしください。

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