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人は極度の緊張状態になると逆に落ち着いてくるのだろうか?例えるならば、期末テスト前日。一週間ほど前なら勉強が追いつかないなどと焦るが、前日になると『なんとかなるさ』と感じてしまうような...。まぁこんな感覚。現在の私である。
リックが前世の記憶を持っていなければ戦わずに済んだし、オリヴァーお兄ちゃんと普通に結婚できたはずなのに。
『すべてはリックのせいなんだ。だから、すべての元凶であるリックをぶっ飛ばす!』
そう意気込みながら一人、私はオリヴァーお兄ちゃんの家族のお墓の前にいた。丘の上、早朝だからか物音ひとつしない。前日だからしっかり体を休めようということで、今日の練習はなし。部屋で一人でいるのもつまらないので気がついたらここに来てしまっていた。冷たくなった風が私の頬を撫でて流れていく。
しばらく一人で考えこんでいると静けさを破るように後ろから足音が聞こえてきた。
(誰...?)
警戒しつつもおそるおそる振り返るとそこにはトウマの姿があった。
「トウマ、君?どうしてここに?」
彼はまだここに来たことなんてなかったはず。もしかしてオリヴァーお兄ちゃんにでも教えてもらったのだろうか?
「っ」
「?」
いつもなら私を見つけると挨拶でもしてくれるのだが、何も言ってこない。もしかしてトウマ君に成り変わったリックなのだろうか?
少し距離を取って、腰にある短剣をいつでもとれるように身構える。
「ちょ、ちょっとストップ!」
「え?」
「僕は僕ですよ。成り変わりとかじゃないですよ」
「じゃあ、昨日の夕食であなたがこぼしたのは何?」
「レティアさんのジュース...ってやっぱり昨日の事、根に持ってるんですか!?」
安心した。これは多分本当のトウマ君だ。
ちなみに昨日、夕食の時にトウマ君のもとの世界の話をしているときに熱が入りすぎて身ぶり手振りなどをつけた所、せっかくルシアンに買ってきてもらったお高いジュースをこぼしてしまったのだ。まだ一口しか飲んでなかったのに...。食べ物の恨みは怖いんですよ?
「ところで、なんでこんなところに?」
「実は、レティアさんを追いかけて。朝早くからどこかに行くところが見えたんで」
「そうだったんだ」
「はい」
「「.......」」
会話終了。何かしゃべろうとした事は今まであったはずなのに、今日はあまりおしゃべりという気分になれない。それはトウマ君も同じだろう。いつもは何かしら会話の種を蒔いてくれるが今日は何も言ってはこない。
この状況に気まずさを覚え、先に沈黙を破ったのは私の方であった。
「なんで、私たちを助けてくれるの?こんな言い方ひどいってわかってるけど、正直、トウマ君に利益なんて全くないよ」
本当に失礼だということは重々承知している。せっかくやる気を持って私たちに手を貸してくれているのに。それでもどうしても気になってしまった。もし私が同じ状況に置かれたとして、このように快く『はい、やります』だなんて言えるのだろうか。知らない世界、知らない人たち、もう戻れないかもしれない日本。いっそ私のように前世で亡くなってから、この世界に赤ちゃんのときからいれたらまだ良かっただろうに。それでも、もし、嫌ですだなんて言われてしまったらどうしようか。それともいつも通りの笑顔で『僕がやりたいからやるんです』などと言うのか。色々な想像が私の頭の中を駆け巡る。
「うーん...あんまり考えたことない...かな?」
「えっ」
返ってきたのは実に予想の斜め上の答えだった。
「実は、日本であんまりうまくできてなくて...。自殺...だったかもしれません」
トウマ君の過去はゲームとは全く違うようなものであった。
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