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城の人が寝静まった頃、自室を物音たてずにひっそりと抜け出し、庭園にある湖に来ていた。
波のひとつもない、静かな湖面を眺めながらいつか、いつかとその時を待っていた。夜空に浮かぶ月が鏡のように写し出されている。
つい昨日、先日レティア様に宛てた手紙の返事が届いた。レティア様はオリヴァー様をうまく説得したのか、トウマ様をレティア様の元へ送る了承がとれました。彼は、ヒーローですもの。きっと役にたってくれるはずです。
そして、何故こんな真夜中にこの場所にいるのか。何故なら今日が、トウマ様がこの国に現れる日だから。
それなのに湖の前で待てど待てど...いくら待っても現れる気配がないのです。嫌な予感がします。もしかして、彼がもうトウマ様をさらってしまったのではと。
不安で、冷や汗が背中を伝います。いいや、それ以外にも考えようとしたらいくらでも悪い想像はできます。実はこの世界がゲームの世界ではなく、それに類似した世界だとしたら。もしそうだとしたら、トウマ様は現れません。
『どうしよう、来なかったら。レティア様に顔向けできなくなる』
自分自身を抱き締め、目をぎゅっとつむり、考えていた時でした。
バチャ ビチャ
水の跳ねる音がしました。ハッと顔をあげると
「え?.....」
「だれ...が、だず...ガボッ、げへ」
「おぼ――――れてる?」
とある青年がバチャバチャと水をかいています。あれ?確かゲームの方では自ら岸にあがってたような...。それに泳げないってなんかダサい...。
いやいや、とりあえずここは助けなくては。私は湖で溺れている彼にそっと手をさしのべた。
「はぁーーーーーー。ありがとう。助かりました」
あの後、彼を湖から引き上げ、自室へとつれてきました。あ、やましいことは考えてませんよ?紅茶の用意をしていると、不安げな声が聞こえてきました。
「ここは...どこなんですか?」
「ここはサヴィニア王国。日本ではありませんよ」
ニッコリと笑ってそう告げる。さぁ、彼が日本という言葉に反応するかどうか。
「サヴィニア...って今、日本って言いましたか?」
食いついてきました。予想はほぼ当たりのようです。
「ええ。あなた、坂本斗真であってますか」
「なんで、俺の、名前を...」
名前もあってる。これはもう彼がヒーローってことで間違いなさそうですね。
「それよりも私の話、聞いてくれません?」
「えっ!?」
話を遮ってしまったのは悪いが、時間がない。
「今からあなたを私の主の元へお連れします。そして向こうの国に着いたら、私はいなくなります。詳しいこと、困ったことは私の主にすべて聞いてください。とてもお優しい方ですので、きっとあなた様の力になるはずです」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんで、そんな」
「この世界に転移してきた、あなただけが救いなのです。どうか、我が主をお救いください」
まぁ、『嫌です』って言っても無理やり連れていきますけど...。
「と、とりあえず主さんは助けますから、落ち着いてください」
「では、我が主を助けてくださるってことでよろしいですね」
「ま、まぁ」
「わかりました。でしたら明日の早朝出発です。今日はお休みください」
少々無理やりな感じはあるが、言質はとった。
本来なら私も、彼と共にレティア様につきたいが生憎と城の仕事で手一杯なため、城から抜け出せない。明日も彼をレティア様の元へつれていくが、もし私が彼女と会ってしまったらきっと側を離れられなくなる。私はこのゲームが終わるまで、彼女と一緒になれない。
「はやく、会いたい。私のレティア様」
「ん?なんか言いましたか?」
「いえ、何でもありません。部屋へご案内しますね」
「は、はぁ」
ねぇ。また、一緒にたくさんしゃべって笑いあいましょうね。
私だけのお姫さま...
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