26
タッタッタッタ
暗い森の中を一目散に駆け抜けていく。途中、木の枝や植物の蔦などに足をとられ転びそうになった。しかしそれでも私は走り続けた。ロゼッタも私の後を一生懸命に付いてくる。ある程度走ったところで城が見えてくる。
「見ろ、ロゼッタ。城が見えてきた」
ロゼッタは走るのに精一杯なので、コクコクとうなずく。
城の目の前まで行き、ようやく走るのをやめる。
「ハァハァ」
ここまで息がきれたのはいつぶりだろうか?全速力で一目散に、ただひたすらに走り続けていたため、足はもうクタクタだ。
「お兄、ちゃん。私たち、これから、どう、すれば」
息がきれたまま、ロゼッタは私に話しかける。しかし、そんなこと私にだってわからない。私の方が誰かに教えてもらいたい気分だ。
「とりあえず、城の中に隠れよう」
私たちは再び城の中へと走り出した。
暫くして、ようやくあの秘密部屋まで戻ってきた。
「も、もう無理」
ロゼッタはヘナヘナと地面に座り込む。
私もその場に腰をおろす。
「ねぇ、ここで…待ってればお父様とお母様は来てくれるかしら」
ロゼッタはポツリとそう呟いた。まるで独り言のように。ロゼッタの顔を除きこむが、その碧の目は虚ろで、何もうつしてはいなかった。ここまでの顔は見たことがない。
「どうだろうね。私にもわからない」
ロゼッタは碧の目を大きく見開き、こちらを見てくる。何か変なことでもいってしまったのだろうか?
でも、もう、どうでもいいや。そう思った。すべてのことにやる気をなくし、おそらく私はただのヒトの形を型どった物になるだろう。
もう、何もしたくない.……..。
「お兄ちゃん、そんなこと言わないでよ」
「ロゼッタ?」
急に立ち上がり、こちらを見下ろしてくる。先程まで虚ろだった碧の目には光があった。
「お兄ちゃん、何をやるにしても諦めたらダメだって言ってたじゃん。今は諦めちゃダメだよ!一緒に生きようよ」
私のネガティブな考えはロゼッタのその力強い一声で消えた。
『そうだ。まだ私には守る人がいる』
私の中に思い浮かんだのは、こちらに向かって太陽のような笑顔で微笑む...プラチナブロンドの髪を持ち、薄茶色の目をした、彼女。
私は気持ちを奮い立たせる。こんなところで、自分の弱さを呪っていても意味なんてない。私のすべき事はまだある。
「ありがとう、ロゼッタ。お陰で目が覚めた」
そう言うと、ロゼッタはニコリと笑った。そして...
ドサリ
とてもゆっくりに見えた。ロゼッタは、胸元辺りを朱色に染め私の胸に倒れてくる。
「な、んだ、これ?」
何がおきたか、一瞬わからなくなった。
何故、ロゼッタはこちらに倒れてくる?
何故、胸元が朱色に染まっているのか?
そして、何故朱色が私の服にも染みてくるのか?
こちらに倒れこんでくるロゼッタから、視線を奥に向けると.....
「何故、あなたが...まさか」
ロゼッタの後ろに剣を持って立ち、冷たく笑うリックに目を向ける。
「これで、駆除は終わりだ」
「く...じょ?」
「そうだ。これは害虫の駆除だ」
「害...」
「いやー、害虫がいなくなったらやっと安心できますよね。あと何が必要かわかりますか?」
冷たい笑みからサヴィニアにいるときによく向けてくれた暖かい笑みに変わる。背筋がぞくぞくと震えた。冷や汗が顔から背中をつたっていく。
「もう、沸かないようにしなければいけないんですよ。んー今だったらちゃんと魔王になれるように魔法をかけておくということですかね」
魔王?なれる?どういうことだ?
「ゲームのシナリオ通りにうまくいきますよーに」
彼は可笑しな事を言ったかと思うと、なにやら私のまわりに黒い霧が立ち込める。
「な、何を」
しばらくすると、その霧は消える。そして私の中に力が漲ってきた。先程までの疲れもすべて消え、今なら何でも出来る。そう思った。
「どういうことだ?」
「えーっとねぇ、簡単に言うと魔王にしました。そして、自殺できないように呪いをかけて、魔王となるに必要な魔法を与えました!いやー、あなたの魔力量が多くて助かりました。お陰で難しい魔法も簡単にできました」
ニコニコと笑顔で話す。今は何故か、後ろに暗いオーラが見えない。それほど幸せになれたのか。暗い雰囲気の中で、彼のまわりだけまるで花畑のようだった。
「と、言うことで帰りまーす!そろそろ日が明けるので。数年後にルチア様と殺しに行くんで、その時までに魔王らしく強くなってください」
ではこれで、と言って彼は立ち去っていった。追いかける気力なんてもう残ってはいなかった。彼は部屋から出ると鍵をかけて出ていってしまった。別に部屋から出る気はなかったが、誰かに助けられないようにするためだろう。全てを失った。何も残ってない。私は、何を……?
結局、城の探索に来ていたルシアンに発見されるまでずっと閉じ込められたままだった。そのあとの記憶はもう朧気だ。
ただひとつ、私の日常から色が消えた。
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