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「私に近づかないで。次、私に変な魔法かけようとしたら今度こそあなたの首を切るわ」
「クッ。生意気な奴め」
やっと本性を現してきたリックとにらみあう。今、私は怖い顔に見えるだろうが、内心は心臓バクバクだ。恐怖心を相手にわからせてはダメだと。
リックがもしこの国を滅ぼした張本人だとしたら私一人を殺すなんて容易いことだろう。それも死体や証拠を残さずに。
「あなたは...」
不意にリックが静かな口調で語りかける。私を騙そうとしているのだろうか?いいや、この場に限ってそんなこと。それに彼は話し合いより、体が先に出るような人だろう。私は彼の口車にのせられてはダメだ。
「私をシーネスト国を滅ぼした人と思っているのですか?」
まさか違うのだろうか?しかし、その考えは次にリックの不敵な笑い声で完全に消える。
「フハハハハッ」
「何が...おかしいの」
「さすがにそこまでは馬鹿じゃないのですね。安心しました」
「だから何が...」
いきなり笑うのをやめ、先程の冷ややかな顔に変わる。しかしそれも一瞬で、次に彼の顔は満面の、昔私達に向けてくれていた笑顔に変わる。
「そうですよ。私がこの邪魔なシーネスト国を滅ぼしました」
静かに、淡々と彼はそう告げる。
「え...」
彼はシーネスト国を滅ぼし、何人も人を殺したくせに、それを笑いながら話している。彼がこんな人の情も無いような冷たい人だったなんて。
「詳しく話そうと思ったのですが...それは実際に被害にあった人に聞くのが一番ですかね」
彼の視線が私から扉の方へと移る。そこにはいつもの美しいかんばせを怖くしたオリヴァーお兄ちゃんが立っていた。
「理由を聞こうか」
いつものおちゃらけた冗談を言う声ではなく、冷たい感情のこもっていない声でオリヴァーお兄ちゃんは私達に聞いてくる。
「理由?そんなのわかりきってるじゃないですか。オリヴァー、あなたはシナリオに必要だがレティアはどうだろう。あなたはルチアにとって害にしかならないのでさっさと消えてほしかったのです」
堂々と乙女ゲームの記憶があることをリックは暴露してきた。それにようやく彼がここまでする理由がわかった気がする。多分彼の狙いは私の妹、乙女ゲームのヒロインであるルチアだろうと。
「私がルチアをいじめないとストーリーがつまらなくなるわよ。それに...魔王だって。ルチア一人で倒した訳じゃないわ」
私が悪役だと思い出すのも辛いし、魔王が誕生すると予言みたいな事をしたことも辛いことだった。魔王はオリヴァーお兄ちゃんだし。
「魔王にさせた後に私が倒せば良い。彼を生かしたのも彼がいずれ魔王になるから。これは私が主人公になった世界。私が望むものが手に入らないなんておかしいでしょう」
乙女ゲームに転生した自分中心だと思うわがままなヒロインが言うようなセリフだ。でもシナリオを知っているのならそのように考えてしまうのも無理はない気がする。
「さて、これ以上話すと先に魔王化してしまうかもしれないので。私はこれで」
リックはそう言い残すと、平然とオリヴァーお兄ちゃんの隣を歩き帰っていってしまう。私やオリヴァーお兄ちゃんはただ呆然と見つめることしかできなかった。
しばらくして先に口を開いたのはオリヴァーお兄ちゃんだった。
「レティア」
「ん?」
無事て良かった。
オリヴァーお兄ちゃんは少し震えた声でそう言った気がした。気を抜いたら気づけないような小さく呟かれた言葉。ただその言葉が私にとってはどうしようもなく嬉しくて、心のつかえが取れた気がした。
「話さないといけないな」
次いで扉から聞こえたのはルシアンの声。顔はいつもより真面目だ。
「そうだな」
「はなすって...」
「シーネスト国が滅びた時の話」
ゴクリと唾を飲み込む。いずれ、知らなければならなかったことだ。覚悟を決めなければならない。
「話して。私も受け止めるから」
コクりとオリヴァーお兄ちゃんがうなずく。ポタポタとオリヴァーお兄ちゃんの頬を水がつたっていった。思い出すのも辛いだろう。しかし、話してもらわなければ。
私がオリヴァーお兄ちゃんを支えることができない。
彼は覚悟を決めたようにポツリポツリとあの日の事を語りだした。
次回からはオリヴァー視点の話となります。
これからもよろしくお願いします。
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