第3話 パートナーパートナー!
「ニック、あれが来期からのドライバーか?」
私と社長はピットの近くまで出てきたニックさんに声をかけた。
「Yes!彼は、木坂 楓、15歳。私が見つけた有望株デス!」
私が見つけた、というニックさんの言葉に社長の顔が一気に曇った。そこに……
「私が見つけたぁ?よく言うぜ。俺の家来て勝手にレースのビデオ見て、たまたまアイツ選んだくせして。嘘を言う達者な口はこの口かぁ?このこのぉ!」
「オーウ!ほっぺをつつくのはやめてクダサーイ!くすぐったいデス!」
高宮監督が来ていちゃつき始めた。
なんだこの二人は……。
「あー、良かった良かった。俺はてっきりどっかから連れてきて勘一郎の所に入れた選手だとばっかり。お前が選んだ選手は癖の強いやつばっかりだから、困っちゃうんだよな……おっと、勘一郎!レース始まるぞ」
目を離していた隙に、整列していた隊列はホームストレート上からセーフティカーを先頭に居なくなっていた。恐らく、隊列が再びホームストレートに戻ってきたタイミングで、レースが再開される。監督三人集の雰囲気も、雑談モードから一転。クラッシュ前の真剣な眼差しが戻る。
[さぁ、ホームストレートに各マシンを従えて、セーフティカーが戻ってきて……ピットに入ります!レースがまもなく再開です]
霊峰の麓に響き渡る爆音が、再び近づいてくる。セーフティカーは、すでにピットへ引っ込んだ。クラッシュした車のパーツもキレイに回収されている。コース上はチリゴミ一つ落ちてない完全なクリア状態。隊列の整列を待ちながら、黄色に点滅していた信号が、青に、変わる。
ゴアァアという低音がファアアンと、高音に変わり、速度を上げて目の前を通りすぎていく。
[……………!……………………………………………!]
場内実況の声をかき消しながら、隊列は1コーナーに侵入していく。1コーナーでの勝負は特に無く、スムーズに流れていく。私と社長はないと高速で去っていた隊列を見送り、ピットガレージ内にあるモニターを見るため中に入る。
「流石に警戒して大人しかったな」
社長が小さく呟く横でニックさんが微笑みながらモニターを見ている。高宮監督は……片手でイヤーマフを耳に押し当て、もう片手で口元を押さえている。恐らく、無線で指示を送っているのだろう。
目線を高宮監督からモニターに戻す。モニターには3台が6位を争っていた。
だが、その中の1台の様子がおかしかった。3台の中の最後尾の赤いカラーリングの車、さっきから前の2台をつっつける所にいるのだが、何故かつっつかない。明らかに内側を刺せる状況なのに、刺さない。それどころか前2台が並んでブレーキングに入ると一歩引いて離れる。
「社長、あの6位争い、おかしくないですか?」
「6位争い?……あの赤いやつ?33号車?」
「そうです。33号車です」
「…………あー……確かに。まぁ、あの感じだとブレーキトラブルとかその辺だろ」
社長は適当に言っているが、そんなような感じには見えない。なんだろう……。
しかしこれ以降、33号車はモニターに写ることは無く、レースが終盤になるにつれて33号車の事などすっかり忘れてしまい、うやむやになってしまった。
しばらくして・・・・・・
[前日の予選、本日の決勝共に見事でありました。13周という短いスプリントレースでありましたが、圧倒的な走りで一度も1位を譲りませんでした。中部FJ1600選手権第14戦富士スピードウェイ、優勝はカーナンバー11番、浜名湖レーシングteamオレンジワークス、磐田 正孝選手!おめでとうございます!]
[ありがとうございます!]
レースが終わり、現在は表彰台にて、上位三名の表彰とシャンパンファイトを行っていた。
一方、蒲郡レーシングチャレンジのピットでは撤収の準備をしていた。
「私たちは手伝わなくていいんですよね?」
「そりゃあ……俺たちはお客だからな」
その撤収の様子をピット裏においてあった予備タイヤの上に座りながら、社長とニックさん共に眺めていた。そこに……
「車検終わりましたー……」
レーシングスーツを着て、メットを手に持った女の子がオドオドした様子でピットガレージに入っていった。
「あの子……生き残った片方のドライバーですかね?」
「あー……多分」
社長に話しかけるとボーッとしながら答えられた。
さては、こいつ半分寝てるな?
「いかにも。入って行った彼女は生き残った片方……33号車のドライバー、熱田 清美選手デス」
寝ぼけ気味の社長の代わりにニックさんが答えてくれた。
またも中学生位の背格好。レーシングチャレンジっていうぐらいだから子供中心なんだろうなぁ。
気の弱そうに見える前傾姿勢と困り顔。弱々しく震えて主張性のない声。後頭部で一つに纏めた髪の毛。ちょこちょことした動き……うーん、控え目に言ってカワイイ。そんなカワイイ背中に大きく書かれた33の文字……ん?……33?……33号車……ん?
「33号車ってさっきの動きのおかしかったやつじゃねぇか?」
社長に言われて思い出した。
マジかー。さっきの彼といい、あの子といい、色々と濃いなぁ……。……あの子もパートナーだったらするのかな?
「あと、壁の片付けと掃除!チリ一つ残すな!車戻ってきたら簡単なチェックだけしてトランポに乗っけて!うちのトランポの出場は7番目だから間違えんなよ!…………すまん。待たせた」
ピットガレージに指示を出しながら高宮監督が出てきた。ドライバーの二人を連れて。
「ここでする話でも無いし、パドック(ピット裏の大きな広場のこと)にキャンピングカー置いてあるからそこで話をしよう」
高宮監督に連れられパドックに置いてあると言われるキャンピングカーまで足を運び乗り込んだ。
キャンピングカーとはいえ、流石に6人は狭い。
「さて。まずは……お三方にこの二人とうちのチームを紹介しよう」
まず、高宮監督が話し出した。
「このチームは愛知県蒲郡市スパ西浦モーターパークを拠点とし、主に18歳までの子供たちを対象に、モータースポーツ活動をしている。もう10数年になるな。基本はカートでのレース活動。それとステップアップとして、FJ1600レースにうちの所属の子供の中でトップ5が参戦している」
社長が口を挟んだ。
「活動資金と整備士はどこから持ってきてんだ?」
「トヨタカローラ岡崎と、その他トヨタ系の会社から支援を貰ってる。今日使ってたマシンのエンジンも1.5Lのカローラ用のエンジンに、他のパーツもヴィッツやカローラ用の物だしな」
「そういえば、勘一郎お前、トヨタ系ドライバーだったな……。いいなー、メーカーから支援して貰える奴は!」
社長の嫉妬が表に出てる……。
「メーカーから支援貰うのも、それはそれで大変だよ。それはさておき、うちはFJ1600以上のレースに出すときは、チームから放出という形でドライバーを出す。で、ニックのスカウトということもあるが、うちとしては、今年度をもってこの二人をそちらに移籍させたい」
二人ともかー。大変だなー。
他人事みたいに構えていると、当事者の二人が会話に混ざってきた。
「ちょっと待てよ。そんな話一言も聞いてねぇぞ。何を勝手に話進めてんだ」
「そ……そうです……。そんな話聞いてません……」
聞いてない?なんで?
「そりゃあ、言ってねえからな」
高宮監督が応じる。
おいおいおいおい……なにそのお茶目?いるぅ?こんな大切な話に?
「…………………………」
二人とも黙ってしまった。その表情は呆れた、といった様子。
いつものことなのか……。
「おいおい、話通ってないのか?……大切な事を土壇場になってから言う。昔から変わってねぇな」
「ドッキリの名人と呼べ!」
高宮監督……それ社長は誉めてないから。自由なの?
「これが来年度の契約書になりマス。勘チャンと、二人のサインと判子と親のサインと判子を押して、この封筒に入れて郵送してくだサイ」
契約書と封筒をニックさんが高宮監督に手渡した。
「承知した。俺のは最後にして、先に二人に渡そう。……二人とも、こっちきて。ついでだから三人に自己紹介しなさい」
高宮監督が手招きして二人を呼ぶ。並んで契約書を受けとるとこちらを向いて自己紹介をし始めた。
「木坂楓。セカンドドライバーで34号車担当」
「熱田清美です……。ファーストドライバーで33号車の担当……です……」
楓くんはぶっきらぼうに、清美ちゃんはオドオドしながら話した。それに答えるように、ニックが笑顔で二人に拍手を送る。そして、今度はこちらの番だと言わんばかりに自己紹介し始めた。
「私はニック・マルコーニ!イタリアから来まシタ!君たちの新しい監督デース!よろしくネ!」
「蜂須賀茂。勘一郎と昔タッグを組んでレースに出てた。新しいチームじゃ、メカニックリーダー兼エグゼクティブアドバイザーをする。ま、よろしく頼むわ」
二人が話終えると二人の目線は私の方へ……。
「私は釣柳唯。来期、あなたたちとチームを組むことになってるの。よろしくね」
差し障りのない挨拶をしたつもりだけど……果たして……
「よ……よろしく……お願いします……」
喋るごとに声が小さくなるが、清美ちゃんからは返事を頂けた。一方、楓くんは……
「…………………………」
黙ったまま。思春期の男の子は難しいなぁ……。
「あれ?」
高宮監督がすっとんきょうな声を上げる。
「どうした勘一郎」
「いや、封筒見ててよ、住所は書いてあるのに、チーム名が書いてないと思ってな?」
皆で高宮監督の手元を覗き込んだ。確かに、宛先と受取人の名前は書いてあるが、会社名やチーム名が書いてない。
「BeBeeRacingじゃないのか?」
「あー、名前が変わるんだ……まだ決まってねぇけど……」
社長が申し訳なさそうに答えた。
「そうか……じゃあなんて書けばいいんだ?」
高宮監督の言葉を聞いて、全員が社長に目を向けた。
「……俺じゃなくてこいつに聞けよ」
社長は親指で、隣にいたニックさんを指した。
「team name。確かに重要ですネ。新しく立ち上げるのに、team nameがそのままでは格好が付きませン」
「では、どんな名前にするんですか?」
ニックさんが話ながら椅子から立ち上がり──
「hornet」
──呟いた。
「ホー……ネット?」
「英語でスズメバチの意味でス。元のteam nameはBeBeeRacing。BeBeeのBeeは、ハチという意味ですネ。私たちBeeは新たな仲間と力を手に入れて、hornetへevolutionするのデス。名付けて……」
突然凄みを利かせるニックさん……いや、ニック監督に、その場の全員が息を飲んだ。
「……HORNET EVOLUTION RACING SPORTS。略して、HERSデス」
新たな名前……後にそれは、地獄と葛藤との戦いの道、そして、栄光と奇跡への道になるのだが……、それはまだ、先の話……。