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第2話 新パートナーズ!

不定期とは……。

(訳:長い間開けてすいませんでした……)


「今……何時だと思ってます?」


 耳に当てた電話に向けて不満を叩きつける。電話の相手は社長だ。


[仕方ないだろ、昨日の夜突然聞かされたんだから。とにかくもうお前の家の下まで来てるから、早く準備して出てこい]


 電話が切れる。時刻は午前4時を少し過ぎたところ。日はまだ昇り始めたばかりだし、私はまだ髪をとかしてすらいない。というか起きてすらいなかった。


「……信じらんない……」


 ……取りあえず準備しよう…………。




・・・・・・・・・・・・・・・


 準備を終え、外に出ると車に寄りかかってタバコを吸う社長が居た。


「やっと出てきた。待ちくたびれたぜ。うちの女房でも…………5分は早えーな」


 車に寄りかかった社長が右腕に付けた腕時計を見ながら言った。

 クソムカつく……。


「女の子は時間がかかるんです!化粧もしてないですからね!で、急ぐんでしょ、早く出ましょう」


 助手席の扉を開けると、そこにはニックさんが居た。


「ボンジョールノ、ヤナギ!」


「ニックさん!どうしてここに?」


「どうしても何も、呼んだのは俺じゃなくてニックだからな。柳、お前今日は後ろだ」


 社長が後部座席の扉を開けて屋根をコンコンと叩く。

 チクショウ偉そうにしやがって……。

 渋々後部座席に乗る。


「さてニック。目的地はどこだ?」


「静岡県富士スピードウェイでス!あ、9時までには着いてください!着かないと今回のチーム設立はおじゃんデース!」


 朝にふさわしい爽やかな笑顔でニックさんが言った。

 あぁ、それでこんな早朝なのか……。


「先に言えバカ!ここどこだと思ってんだ!長野だぞ!チクショオォォォォォ!」


 私達の拠点であるドライビングガレージBe(ビー)Bee(ビー)の所在地は長野県の上田市。富士スピードウェイまでは4時間と少し。そして時刻は5時前。つまりは……。


「うおぉぉぉぉぉぉおおおおお!飛ばすぜぇ!」


 フルアクセル。体にかかるG、後ろに仰け反る車体、唸るエンジンの咆哮。うん、知ってた。


「高速上等!警察上等!街道レーサーハッチとは俺のことだ!どけとけー!」


 自棄(やけ)だ……。難題押し付けられて自棄(やけ)になってる……。

 こうして、私たちは一路富士スピードウェイに向かったのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


午前8時47分 静岡県駿東郡小山町 富士スピードウェイ本コースピット前


「9時前についてやったぜ……」


「ご苦労様!」


「お……お疲れ様です……」


 社長は運転席のリクライニングシートを倒し、疲れたといって眠ろうとした。しかし、ニックさんによって外へ連れ出されてしまう。いつまでも車の中にいてもしょうがないので私も一緒に外へ出た。

 流石霊峰富士。空気が澄んでる……。


 クォオオォォォォォォーーーーーン。耳に突き刺さる様な甲高い音がピットの向こう側から聞こえてきた。一回だけではない。短い間隔で何回も。一台、また一台。何かが走っている。


「ヤナギ。勝手に行っては、NO、デスヨ」


「あっ、はい。すいません」


 コースを覗きに行こうとして、ニックさんに止められた。その止め方はちょっと……。子供じゃないんだから。


「私たちか行くのはこっちデース!茂!ちゃんと立つ!」


「寝かせろぉ……」


 肩を担がれて連れていかれる社長の後ろを付いて行く。社長子供かよ。

 着いたのは長い富士の本ピットの一角。そこに簡易ガレージが設営されていた。壁として使われる赤と青のボードに、そのガレージを設営したチームの名前があった。チームの名前は……蒲郡レーシングチャレンジ?


「ボンジョールノ!勘チャン!来たよ!」


 するするっとニックさんがガレージ内に入っていった。勿論、社長を担いだまま。


「勘チャン……うおっ!?勘一郎じゃねぇか!」


 私もそのまま後ろを付いて行く。ガレージ内に入るとそこには──


「やぁ、待っていたよニック、ハッチ、釣柳選手」


 ──浅黒、短髪、半袖、筋肉なおじさんがいた。


「社長、知り合いですか?」


高宮(たかみや) 勘一郎(かんいちろう) 吉光(よしみつ)。昔コンビ組んでた。こいつと組むとロクなレースが出来なかった…」


 社長が遠い目になった。社長が遠い目になるときは、大体昔の思い出を思い出すとき。しかも、嫌な思い出の時。こうなったときは深く聞いてはいけない。


「で、二人はどんな感じデスカ?」


「ぼちぼちだな。男の方が予選を25位中12位。女の方が25位中9位。悪くはないが良くもない」


 過去の苦い思い出を思い出し、うげぇーっと(こうべ)を垂れる社長を尻目に、ニックさんと高宮さんは難しい顔をして話す。二人の話を止めるわけにはいかないので、さっきから気になっていたコースを走る車両に目を移した。風切り音、甲高いエンジンサウンド、剥き出しのヘルメット、無駄のない流線形に、取って付けたような前後の羽根(ウイング)。速度は……、210㎞/h前後。およそ200馬力前後のフォーミュラ。これは──


「──FJ1600選手権(チャンピオンシップ)


 (こうべ)を垂れていたはずの社長がいつの間にか、隣に立っていた。

 FJ1600選手権(チャンピオンシップ)は、富士スピードウェイや鈴鹿サーキットなど全国のサーキットがアマチュアレーシングチームやアマチュアからステップアップを目指すレーシングドライバー向けにJAFの公認を受けて運営しているレース。Fは「フォーミュラ」を、Jは「ジュニア」を、1600は搭載エンジンの排気量「1600㏄」を表す。

 若手ドライバーの修行場だとか、F1への登竜門だとか色々言われるこのシリーズなのだが、私は出たことは無い。


「なるほど。ニックの奴め、急にFISCO(フィスコ)(富士スピードウェイのこと)に行こうなんて言い出したのはこのためか」


 一人納得した顔をする社長。


「多分あの中に二人、来シーズン、お前と組む奴がいるぞ」


「ヴぇっ!?」


 変な声出た。……どのマシンに乗っているのだろう?パートナー……パートナーか……この中に新しいパートナーがいると思うと少しドキドキしてきた……!


「フリー走行も終わって、スタートだな」


 数十台の色とりどりのマシンがホームストレートに、2列で整列する。緊張感を会場を包み込む。


 全体の列の後ろで、オフィシャルが大きく、青旗を振る。スタート準備よし。

 あまりの緊張感に、思わず息を飲む。レース当事者じゃないのに私が緊張してしまう。それは社長も同じようでコースを見る社長の顔が強ばっている。

 コース上のシグナルに赤が1つ灯る。同時に体を引き裂くような轟音がサーキットに鳴り響く。

 レッドシグナルが、2つ

 3つ

 4つ


 ブラック、アウト。スタート。


 各車が一斉に動き出し、マフラーから絞り出される空気を揺さぶる低音が、楽器のような高音に変わってく。


[………………………。大……混乱………ません。………号車から…8号車、…………と順…の…動は……お………番手だった43号車4番手にジャンプアップ。後ろ数台も見事なスタートで順位を大きく上げて1コーナーに向かいます!]


 音が遠のくにつれて、会場のあちこちに付けられたスピーカーから、エンジン音で聞こえなかった場内実況が聞こえ始める。

 聞こえ始めて数秒後、1コーナーからガッシャンという大きな音と白煙が上がった。

 クラッシュだ!


[あぁーっと!1コーナー隊列中程で34号車と89号車が接触!前方の51号車と2号車を巻き込んでコースから外れました!そしてレッドフラッグ、赤旗です!赤旗中断です!]


 赤旗が振られ、ピット中は大騒ぎ。セーフティカー、救助員を乗せたオフィシャルカー、救急車がコースへ入った。社長は、あーあなどと完全に客目線で事を達観しているが、この後ろ、蒲郡レーシングチャレンジピットは一気に慌ただくなった。

 この感じだとさっきのクラッシュに巻き込まれたな。お気の毒に……。


 しばらくして……


 コース上の車両が一週してきて整列をしている中、選手の一人がピットに帰って来た。徒歩で。帰ってくるやいなやヘルメットを脱ぎ捨てた。私よりも小柄で、幼い顔立ちをしている男の子。中学生ぐらいだろうか。ピットの端からコースを見ていた私と社長を一瞬睨んでピットに入っていく。

 目ぇ、恐っ……。

 そこへ……


「楓!お前また無茶な寄せ方しただろう!いつも相手との間合いを考えろとあれほど!」


 高宮監督が怒鳴りながら近寄るが……


「うっさい」


 一言呟いてバックヤードに歩いていってしまった。そして……


 バッシン!


 何かを叩きつけた大きな音が響いた。

 うわー……態度悪ぅ……。


「未熟だな。しかもあの感じだと巻き込まれたんじゃなくて、当事者、突っ込んだ方だわ」


 社長が私に話しかけた。


「うわぁ……。」


 正直な感想として組んでるもう一人は大変そうって他人事のように思った。事実、ここまでは他人事いられた。ここまでは。


「うわぁってお前。来シーズンからのお前のパートナー組むんだぞ」


 あっ……。忘れてたぁ……。


 こうして……不安の種が一つ。私のレーサーとしてのキャリアに植えつけられることとなった。

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