第1話 レーサー!
はい、新作です。よろしくお願いします。
欲望に忠実に書いたらわりかしサクサク進んじゃったので、せっかくだから投稿しようみたいなノリで投稿します。もう一つ以上にマイペースに進みます。よく言って不定期連載です。
不定期連載ですが、よろしくお願いします。
それはいつのことだっただろうか。かなり前だった記憶がある。
まだ小学生になってすぐの頃だったと思う。近所で家族ぐるみで親交があった二家族と一緒に見に行った大きなサーキット。時代はF1全盛期。ファン感謝さいだったか、サーキット創業何年記念とか、そんな感じのゆるいお祭りのようだった。で、その目玉のの一つだった日本人、日本企業が参加する最高カテゴリー、F1、MoToGP、グループA、B、C、マン島TT車両の一斉デモランで衝撃を受けた。
デモランにも関わらず、本気のドライビングで、暴れる車体を無理やり押さえつけ、暴力的でありながら楽器のようなサウンドを響かせ、我先に前へと進もうとする鋼鉄の獣たち。
子どもだった私たち三人を魅了するには十分だった。
「おとーちゃん!私、レーサーになりたい!」
「あたしも!あたしもなりたい!」
「あたしも!あーたーしーもー!」
三人して父達を困らせた。懐かしい記憶。それからどれほどの時が経ったのだろう____。
[チャンピオン目前!日本人女性初のマカオ行き決定か!? 全日本F3選手権ポイントリーダー速水 秀選手!]
雑誌の特集に友人のインタビュー記事が見開きで掲載していた。ページをめくっていく。
[日本に敵無し!全日本ロードレース選手権250CCクラス 安部 紀子選手、女性初3連覇! 今後はクラスアップか、海外か。四輪転向の可能性も……?]
また友人の記事だ。このような記事を見ると、焦りと羨望と劣等感が同時に襲って来る。私だってレーサーなのに……。
「これお願いします。あと、肉まんとメンチカツ二つずつ。……あと22番の煙草を一個お願いします」
「はい。会計1477円です」
レジに移動して会計を済ます。
「ありがとうございましたー」
コンビニを出て、十数分歩く。北風が冷たく感じてきた。ブルっと身を振るわせる。日差しがきつく降り注ぐ夏が終わり、もう秋。地面も冷たくなり、タイヤが温まりにくくなってくる時期だ。
「社長社長!買ってきましたよ!」
目的地に着いた。私をパシリに使った奴を呼び出す。が、返事はない。
「社長ならさっきお客さんと中に入りましたよ?」
若いつなぎを着た男が代わりに出てきてそう言った。
「ありがと。はいこれ、あげる」
「アザッす」
礼をしつつ持っていた肉まんを渡し、室内に入る。
ここは自動車整備工場のドライビングガレージBeBee。レース活動も行う会社である。そして私、釣柳 唯はこの会社の持つレースチーム、BeBeeRacingのレーシングドライバーなのである。
コンコンコン。ノックを三回。
「社長。私です、釣柳です」
「おう!入って!」
応接室のドアの向こうから社長の声が聞こえる。
「失礼しまーす」
ドアを開けると、社長と金髪で大柄の60代ぐらいの外国人がいた。いきなりの見慣れない光景に一瞬たじろいだ。
「やっと来た。ニック、こいつがうちの第二ドライバー、釣柳だ。」
「ハジメマシテ、釣柳。ニック・マルコーニって言います。よろしく!」
「よ……よろしくお願いします……」
日本語うまっ!それが彼の第一印象。というかなんでこんな外国人がこんな小さな会社に……。
「ニックは俺と古い仲でな、現役時代の時のチームメイトだったんだ。趣味や女の好みまで合ってな。すごい仲が良かったんだ」
「茂、それ、日本のことわざで、竹馬の友、っていうんダロ?私たちにピッタリの言葉だナ!」
「応とも!がっはっはっはっはっはっは!」
目の前で肩を組んで笑いあう二人。何を見せられているんだろう……。で、ニックさんに肩を組んでいる、私が社長と呼ぶこのパンチパーマの男。蜂須賀 茂。
このドライビングガレージBeBeeの社長。暴走族、首都高環状最高速族、街道レーサーを経てレーシングドライバーになった80年代レーサーの典型。引退後に開いたこの工場とレースチームを運営する。レースチームを一時期はGT選手権まで出したあたり、だいぶ有能。
「で、その、ニックさんがなんでこんなところに?」
「あぁ、その件だが、まあ先ずは座れ」
社長が椅子をポンポンと叩き、隣に座れと合図をするが、無視。当然無視。その辺から椅子を持ってきて座った。
「はぁ……。まあいいや。まず柳、お前に言わなきゃならんことがある」
珍しく真剣な眼差しを見せる社長。レース以外でもこんな目するんだ……。
「なんですか?」
「今シーズン限り、次のお前の出るレースでBeBeeRacingは一時活動を休止する」
・・・・・・・・・へ?
「は?」
沈黙が場を支配する。
脳が言葉の意味を理解するまで時間が掛かった。そして理解した瞬間、ポロポロと涙が溢れてきた。大した戦績を持っていない私を雇ってくれるレースチームなどここ以外にはないという状況に置かれて数年。この状況での解雇宣言は私の現役キャリアに対する死刑宣告と言っても過言ではなかった。
……そっか、私、レーサー辞めなきゃいけないんだ…………。悔しくて、悲しくて、でもどうしようもなくて、なのになんとなく納得している自分がいて……。
「アー、茂女の子泣かしたー」
「だぁあああああ!泣くな!まだ続きがあるから!な!だから!泣き止めって!」
「つ……続き…………?」
社長がアワアワとする。
「そうだ!だからまずは泣き止め!」
涙を拭き、ズビビィーっと鼻をかんで話を聞く体制を整えた。
「落ち着いたな、じゃあ事の顛末を説明するぞ。……まず今うちが参戦しているレースはポルシェカレラカップ・ジャパンでセカンドドライバーのお前と、ファーストドライバーの金岩氏だけだ」
金岩氏。同じチームのベテランドライバー。ヒゲと安定したドライビングと紳士さに定評のある先輩ドライバー。流石年齢が二回り違うだけの貫禄とテクを持った人。あとヒゲ。ヒゲ。
「で、その金岩氏が次のレースで引退して北海道に移り住むことになってな、なんでも北海道でドライビングスクールの講師をやるだかで……」
「マジですか!?」
驚きが隠せない。素直にすげぇやあの人。
「ドライバーが一人減るのは仕方ない。それはいい。一人でも参戦できるからな。ぶっちゃけ、チーム運営費かからんで済むから……と思っていた矢先、うちのメインスポンサーの製薬オイルさんがF1に参戦するチームのスポンサーになるから、うちのスポンサーは降りると言ってきやがった!」
ちょっと待って!製薬オイルさん私の個人スポンサーなんですけどォォォオ!
「まあ、なんとか交渉でお前の個人スポンサーは続けてくれると言ってくれた(言わせた)からお前は心配すること無いんだが……」
良かった……。安心感がドッと押し寄せる。なんだこの感情のジェットコースター……。
「お前はいいが、チームとしては死活問題だ。結局交渉、奮戦虚しく来季の運営費とブレーキオイル、エンジンオイル、ミッションオイルまで確保できなくなった。ゆえの活動休止だ」
「なるほど、そんなことが……」
安心した……。いや、安心しちゃいけない。まだ私の今後が決まってない!
「で、今日ニックに来てもらった理由だが」
社長がニックに目配せで合図をする。ニックさんが社長にバチコーンとウィンクした。
「今日来たのは、貴女をスカウトするためデース!来季から立ち上げる新チームのファーストドライバーになってくださいませんカ?」
・・・・・・・・・へ? 本日二度目。
「ファースト……来季……?新チーム……新チーム!?」
驚きが隠せない。
驚きが頭を支配するが、落ち着け。まずは一つ一つ疑問を解いていこう
「えっと……参戦レースは?」
「全日本耐久選手権。いわゆるN耐ですネー」
「クラスは?」
「N耐最上位、GT3クラス」
「車両は?」
「ポルシェ911GT3の最新版です」
「スポンサーは?」
「目途はついてます。あとは畳みかけるだけです」
「パートナー……」
「期待の新人と交渉中。ほぼ確定ですけど」
「車両整備」
「茂のチーム、つまりここでやってもらいまス」
「契約金、レースマネー……」
「これぐらいで如何でしょう?」
ニックはカバンから一枚の紙を取り出して私たちに見せた。
「な……なんじゃこりゃ!うちが出してた3倍はあるぞ!?」
社長が声を荒げ驚く。それもそのはず、社長の言った通り、今まで私が貰っていた給料の3倍なのだから。
「共に戦いましょう」
気が付けば立ち上がって手を差し出していた。
「金に釣られてやがる……」
社長の呆れた声が聞こえる。
なんとでも言え!この機を逃せばお先真っ暗なんじゃ!
「ハッハッハッハッハッハ!素直なのはいいことです。共に頑張りまショウ!」
がっちりと握手。その後、書類に社長と二人でサイン。
「では、契約完了デス。来季……正確には最終レースが終わってからですネ。茂もこれからよろしく。期待してるヨ」
「おう、任せな」
ニックさんが立ち上がると社長も立ち上がる。
「今日は新しいバディ達も出来てとってもいい日だネもっと詳しいこと話したいけど、今日はここまで。なにか決まればまた連絡するヨ」
「いい報告待ってます!」
私がそう言うと、ニックさんは笑顔になってこの場を去って行った。
「さーて、来季のことも大体決まったし、最終戦の作戦立てるぞ」
ニックさんを見送ると、社長は伸びをしながら室内に入ろうとした。すると横の整備工場から……。
「柳さん!肉まんの差し入れありがとうございました!旨かったッス!」
さっき肉まんをあげた整備士が大声で叫んだ。
余計なことを……。
「なに?!それ俺が頼んだ肉まんだろ!?」
社長がヌッと踵を返してきた。
ほーらバレタ……。さーて、早く逃げよ。
「煙草は買ってきてあるからそれで許して!」
「ダメだ!許さん!待て!逃げるな!」
ダッシュ!ダッシュ!全力でダッシュ!
これから苦難とか喜びとか色々待ち受けるのだが、今は消えた不安を喜び謳歌することと、どう社長から逃げるかしか頭に無かったのであった。