8.
みゆきはボイストレーニングを継続しながらも、また新たな試練を自分に課していた。それは曲を作ることだった。百合子の日記を読んでいると彼女が歌うだけでなく、歌詞を作ることも、曲を作ることもどちらも得意であることが窺えた。
『私もそうならなければいけない!』
みゆきは何もしていなくても、いろんな言葉や情景がふと浮かぶことが結構頻繁にあった。私にはシンガーソングライターの素質があるのかもしれない。それならば、やらなくちゃいけない。そんなことを思いながら日記を開くと、風間からの突然の告白が書いてあったのだ。
百合子でなくても、胸がどきどきしてしまう。胸の内の苦しさが文章から滲んでいるとみゆきは思った。百合子の鼓動がすぐそばで聞こえるような錯覚に陥る。その一方でなぜ自分までこんなに辛い気持ちになってしまうのだろうかと疑問を持った。けれどもその先の日記を読んで、みゆきはその感情が何であるかを悟った。
日記その7
風間君から告白されてから、二、三日が過ぎた。いまだに頭の中はぐちゃぐちゃだ。でもなんでぐちゃぐなのかは、自分が一番よく知ってる。私がなぜ風間君から去る時、泣いてしまったのか。あれは嬉し涙だった。私の歌の一番の理解者で、包むようにいつも笑ってくれている彼に、私はいつのまにか恋をしてしまったのだ。
なぜって思う。真理子も風間君のことが好きなのに。あの時病院で真理子に言われた時、衝撃を受けたのはあれは私自身の気持ちに気づいたせいだったかもしれない。それで腹が立ったのは、なぜかというと、真理子が迷いもなく無邪気にその恋心を言えたことに嫉妬したのかもしれない。もちろん、真理子の元気の源になれてないことにも腹は立った。でもそれよりも、自分の思いに正直な真理子が羨ましかったのだと思う。
なぜなら、自分はそんなに簡単に風間君に自分の気持ちを伝えようとは思っていなかったからだ。それどころか、全く気づいていなかった。真理子にプレゼントしようとしていた曲だけど、もう一度見直してみたら、あの曲は風間君のことを思う私の気持ちでしかなかったのだ。そしてそれに風間君も気づいてしまった。なんて恥ずかしいんだろう……。私、これからどうしたらいいんだろう。 今日はここまで。
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「百合子は恋をしてたのか」
そう言ってみゆきは自分の胸を押さえた。まだ胸がどきどきしてる。私はかつて風間君に恋をして、今も切ない気持ちが渦巻いている。
「私は今も恋をしている? ひょっとして」
みゆきは風間の書いてある箇所に来ると決まって胸がうずくのを感じた。そして自分の思いに気づいた日記を読んで、なんだかほっとした。そうか、そうか、そうだったのか。まるでそれは難問の数式をうまく解き明かしたようなすっきり感があった。しかしその一方で真理子との仲が気になった。真理子と百合子は恋のライバルになってしまったのだ。二人はその後どうしたのだろう。そう思い、次のページをめくった。




