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歌うたい  作者: はやぶさ
8/16

7.

日記その6

真理子が恋の悩みを私に打ち明けてくれてから、数日が過ぎた。すぐにでも病院に行って謝ろうと思ったけれど、どうしても足が向かなかった。なんというか、胸のうちで何かがくすぶっていて、素直に謝れそうになかった。


悶々とした私は自分の作った歌を、何曲もぶっ通しで歌った。ボイストレーニングがどうのとかじゃなくて、単に声がかれるまで歌いたい気分だった。それで私はカラオケボックスで、何曲も今流行の歌を荒々しく歌った。それでも心の中のもやもやは消えなかった。そんなにも私は真理子のことで風間君に嫉妬してしまったのだろうか……。


この怒りのようなものは、風間君に対するものなのか、それとも真理子に対するものなのか、自分でも分からなかった。いったい自分は何がそんなに面白くないのか、苛立ちが心の中でぐるぐる回っていた。


それでも真理子にすまないという思いはあった。意を決して私に告白してくれたのに、私はとても冷たい態度をとってしまった。申し訳ない。その気持ちから、私は一つの曲を作った。それは恋の歌だった。


真理子の言うにも言えない気持ちを私なりに考えたものだった。よく考えたらいろんなサインはあったのだ。風間君の言葉で顔を赤らめる真理子、風間君の絵を熱心に見つめる真理子、そして風間君自身を崇高なものでも見るように眺める真理子。どれをとっても恋。そんな気持ちを私は歌にこめて、真理子にプレゼントするつもりだった。でもその前にストリートライブでその歌を歌ってみたくなった。


今まで私は自然に関わる歌ばかり作ってきた。それなのに恋の歌を真理子にプレゼントするのは、正直自信がなかった。だから観客の人達の反応を見てからにしたかった。それで私はその歌をある晴れた日曜日にストリートライブで披露した。観にきてくれた人達は不思議そうな顔をしながら、私の歌を聴いてくれた。


あれ、なんかいつもと感じが違うぞという風な表情を浮かべながら、それでいながら優しい笑みをたたえていた。そのストリートライブには風間君も聴きにきてくれていた。観客の人達の感想はなかなか好評だった。いつもの自然をテーマにした曲もいいけど、こういうのもいいね。またこんな歌を歌ってね! と明るく声をかけてくれる人が多かった。その中で風間君だけが反応が違っていた。


彼はいつものように絵を描いていたけれど、その歌になったとたん、絵を描く手をとめて、私をじっと見た。その目はどことなく潤んでいて熱を帯びているような気がした。他の観客のように今日はテーマの違う曲だと単純に喜んでいるようには見えなかった。どちらかという怒っている、そんな感じがした。その日のストリートライブの最後の曲が、その曲だったから、曲が終わると、他の観客の人達は皆ちりぢりに散っていって、残ったのは風間君だけだった。彼はにこりともせずに、私の方へと近づいてきた。

「今の歌、いつもと違ってたね」

「うん……。どうだった」

私は恐る恐る訊いてみた。

「僕は今まで通りの曲の方が好きだ。いつも自然をテーマにした方が君らしいよ」

彼は自分をまげなそうな強い口調で言い切った。私はそれを聞いてがっかりする反面、やっぱりそうかという思いがこみあげてきた。だって私が歌うたいを目指しているのは、彼の言う通り自然を歌いあげることだったからだ。彼の言ってることは間違いない。でもちょっと残念という気持ちもあった。その時だった。彼がおかしなことを言い出したのは……。


「でもこれって恋の歌だよね。誰のことを考えて歌ったの」

彼はうつむいて、私から視線をそらした。まるで私などいないように彼は宙に向かって言った。

「ひょっとしてこれって僕に対する気持ちかな」


私はぎょっとした。真理子の風間君に対する気持ちを歌ったのは確かだったけど、真理子から風間君に向けての告白はまだのはずだった。だったらなぜ。不思議に思った私は首をかしげた。そんな私に風間君は突然私の方に向き直り、私の手を取った。


「実は僕も好きなんだ、君のことが」


私の両の目は間違いなく点になっていたと思う。いったい今何を言われたのか、私の胸のどきどきは止まらなかった。しっかり顔をあげて、風間君の目を見た時、彼は真剣そのものだった。私は慌てて手を振りほどいて、うそぶいた。

「な、何言ってるの。そんなわけないじゃん。もう、びっくりさせないでよ」

「僕は本気だよ」

彼はそう言って、また私の手を取ろうとしたけど、私はすぐさま逃げて笑いながらこう言った。

「だから違うって。また今度ね」

私は振り返りもせずに、その場からダッシュで駆けた。やみくもに走りながら、私の目からはなぜか涙が流れた。なぜ私は泣いてしまったのか、自分でもよく分からない。なんだかもう頭の中がぐちゃぐちゃで……。今日はここまで!

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