12.
外に出ると、午後の日差しが降り注ぎ、明るい雰囲気に住宅街は包まれていた。それは今のみゆきの気持ちに合っているような気がした。打ち合わせで、歌を披露したところで、オーディションを受けることができるか分らなかったが、それでも未来への可能性があることに、みゆきの心は打ち震えていた。
その時だった。みゆきが横断歩道を渡ろうとした時、猛スピードで向こうの道路からやってくる車が見えた。みゆきは横断歩道を渡らずにその車が通り過ぎるのを待つことにした。と、そのとたんボールが飛び込んできた。
「ボーン、ボーン」
赤いボールが大きな音を立てながら、道路に転がり出た。それと同時に女の子がボールを追いかけてきて、道路に飛び出してきたのだ。スピードをあげて走る車と女の子の姿が間近に迫った時、みゆきの身体はとっさに、横断歩道を走り、女の子を抱き上げ、助け出そうとした。車は慌ててスピードを下げ、急ブレーキをかけた。
「キキーッ」
『危ないっ』
そう思った瞬間、みゆきの脳裏に似たような場面がぱっと蘇った。しかしその場面は、横断歩道の向こう側に会おうとしていた風間の
姿があり、こっちに手を振っている。その合間からボールを追いかける女の子が突如現れ、やはり自分がとっさに動き、彼女を助けようとして駆け寄った。と、その時、自分の足が道路のすきまにつまづいてしまった。
「危ない!」
風間は声をあげると、二人をかばうように駆け込んできた。
「ボンッ」
みゆきの耳もとで風間の身体が車とぶつかる音が、一瞬聞こえた。そのとたん、みゆきの視界は真っ暗に閉ざされた。
「すみません、大丈夫でしたか」
気づくと、車から中年の男がおりてきて、みゆきと女の子の様子を見に来た。幸い、二人は無傷でどこも異常はなかった。男は、ほっと胸をなでおろし、ボールを追いかけてきた女の子も
「おねえちゃんありがとう」
とお礼を言うとボールを持って、もと来た道へと戻って行った。
みゆきは一人横断歩道の前で、しばらくぼんやりしていた。頭の中で、いろんなことがまざまざと蘇ってきた。自分が佐々木みゆきであること、風間と出会ったあの五月のこと、真理子の入院のこと、真理子との仲たがい、そしてオーディションの話。すべてが一つの出来事として思い出されていった。そして辛く悲しかった気持ちも、自分のこととして、蘇ってきたのだ。
「百合子と私が今、一緒になった」
みゆきはぽつんと呟くと、あっと思った。そして突如大事なことを知らなければいけないことに気づき、ダッシュで家へと立ち戻った。
「お母さん。風間君、風間君はどうなったの」
喫茶店に行くと行って、出ていったみゆきが突然戻ってきて妙なことを言うので、母は変な顔をした。
「どうなったって」
「私、思い出したの。記憶が戻ったの。真理子のことも、風間君のことも思い出したの。それから事故に遭ったその時のことも思い出したの」
「ほんとに、ほんとに戻ったの、記憶が!」
母は驚いてみゆきの顔を覗き込んだ。
「もちろん、お母さん達のことも思い出したよ」
みゆきは笑顔になって答えた。それを聞いた母は、うれし涙とともに泣き崩れた。
「よかった、よかった、本当によかった」
心からの母の声を聞きながら、みゆきは記憶が戻って本当によかったと実感したが、次の母からの返答を聞いて、みゆきの身体は固まった。
「みゆき、本当は言いたくないのだけれども、風間君はあの事故の時、あなた達をかばって亡くなってしまったの」
その言葉はまた時を止めるには十分な言葉だった。
『私のせいで、風間君が死んでしまったなんて……』
みゆきは絶句して、自分の部屋へと駆け込んだ。




