貴族と勇者
十六夜が部屋で【大賢者】と共に銃の改造をしている頃。
ルーシーとアーシャは姿を変え冒険者ギルドに向かっていた。
「随分と騒がしいね」
それも当然だろう、昨晩から勇者の1人である喜持が行方不明なのだ、誰だって何かあったと気付く。
それに門近くの詰所での虐殺事件、聡い者なら関係があるんじゃないか?と考える者もいる。
まぁ、誰が何処をどう調べようと誰がやったか分からない。
犯人はもう死んだとされている十六夜君なのだから。
「当然ですよ、ルーさん。勇者が消えるなど普通ならあり得ないのですから。それと私は失踪したという噂が流れてるみたいですね、まぁ今となってはどうでもいい事ですが」
アーシャの言う通りだろう、勇者というのは絶対的な力を持つ存在だ、その勇者が行方不明…アルカディアの住人達が騒ぐのも無理はない。
だって、それは勇者を殺せる程の力を持つ者がこの国いるという証拠なのだから。
まぁ、まだ喜持が死んだと言う噂は無いから倒されたとは思って無い様だけど、行方不明というだけで充分怖いだろうね。
「そうだね、でもあんな屑が何匹いようが僕達の敵じゃないさ、この国の人達はどうか知らないけど。
あとアーシャの事は十六夜君と僕が知っている、それに天から君の家族も見ている、それだけで充分だろ?」
そう言って僕はアーシャに笑顔を向ける。
「はい、そうですね」
それに答える様にアーシャは僕を見て微笑んだ。
数分後僕とアーシャは冒険者ギルドに着いた、外まで騒々しい声が聞こえてくる。
どうやら、想像以上に混乱しているみたいだ。
「アーシア、入るけどいいかな?」
因みに僕はルー、アーシャはアーシアと名乗っている、安直だがバレなければいいので、特に気にしていない。
「入ったら嫌な事を思い出すかも…」
僕と十六夜君はアーシャがギルドでどんな扱いを受けていたか知っている、彼女はエルフだからという理由だけで蔑まれ、暴力を振られ散々な目に遭っていた。
わざわざ嫌な思いをしていた場所に連れて行く必要はない。
「ふふっ、優しいですね」
僕の言葉を聞いたアーシャは笑った、そう笑ったのだ。
そして僕の耳元に顔を近づけてこう囁いた。
「ルーシーさんお気遣いありがとうございます、でも私は大丈夫です。私には十六夜さんとルーシーさんが付いてますから」
僕と十六夜君が付いている、彼女はそう言って僕より先にギルドへ足を踏み入れた。
「強いね、君は」
ギルドに入っていくアーシャの後ろ姿を見て、無意識にそう呟いていた。
嫌な思い出のある場所に赴くというのは、言葉にするのは簡単だが、実際に行くとかなり勇気がいる。
だけどアーシャは迷う事なく踏み込んだ、その姿に僕は何か美しい光を感じた。
「さて、僕も行こうか」
ギルドに入ると、大勢の人間が右往左往していた。やはりパニックになっているみたいだ、勇者1人いなくなったくらいで大袈裟だな。
これが普通なのかもしれないが、僕には分からない。
「ルーさん、私はギルド職員に色々と聞いてきます、ルーさんはどうしますか?」
僕が人間達を眺めていると、先に入っていたアーシャが話しかけてきた。
「そうだね…僕は冒険者達に勇者の情報を聞いて見るよ」
まぁ、冒険者如きに聞いても碌な情報は得られないだろうが、聞かないよりは良いだろう。
「そうですか、分かりました、それでは後ほど」
そう言ってアーシャはギルド職員が集まっている場所へ向かって行った。
「さて、僕も情報を集めるとするかな」
だが、この選択を数分後に後悔する事になるとは、この時の僕はまだ知らない。
『勇者について教えてほしい?今はそれどころじゃねぇんだ!あっちいってろ!』
『勇者?喜持様の事か?喜持様なら行方不明って話だぜ』
『なんだぁガキ?ん?勇者について教えてほしいだ?なら金をよこせ』
『あぁ?勇者の情報?教えてもいいけどよぉ、その前に、嬢ちゃんが俺に奉仕してくれるならなぁ?』
『なんだお前?さっきから勇者について聞きまわってんのか?なら分かるだろ?対価をよこせ、そうだなぁ、お前可愛いからその体でいいぜ?クククク』
『勇者?あんな屑の事しらねぇよ、どっかで恨みを持った奴に殺されてんじゃねぇか?それよりよぉ、お前さんかわいい顔してんな?どうだこの後?イヒヒヒヒ』
『おっ?そこの嬢ちゃんどうだ?俺と1発!気持ちよくするぜぇ?』
はぁ、なんでこんなのばかりなんだ…人間と言うより猿ではないか、全くもってゴミばかりだ。
吐き気がする…冒険者を選んだのは間違いだったな。
それに僕の今の姿は少し幼い、なのに僕をこんなに誘ってくるなんて、幼女趣味しかいないのか冒険者には…
思わず殺しそうになった…
僕はゲンナリしながら、ロビーを離れ、アーシャの元へ向かった。
その途中、以前アーシャが担当していた受付から男の怒声が聞こえてきた、かなりご立腹の様だ、声から怒りのオーラが漏れ出している。
「おい!ふざけるな!高貴な私がわざわざこんな所に出向いてやったと言うのに、分からないだと?私が誰か分かっていて言っているのか?」
「そ、そうは言われましても…担当していた受付嬢が失踪してまして…」
「高貴?あぁ、貴族ってやつか」
傲慢な事だ、やはり人間は度し難い。
そして、その高貴な貴族様の姿を見た冒険者達は口々に毒を吐いていた。
「おい、あいつハロレン侯爵の跡取りじゃないか?確か…ハゲリアって言ったか?」
誰か知らないが、紹介ありがとう。
不毛な名前だな…ハゲリアって…親のネーミングセンスはどうなってるんだろ?
「この辺じゃ知らない奴はいないだろ、色んな噂が出回ってるんだ」
「そうだな、でも悪名高いハゲリアがなんで冒険者ギルドになんかいるんだ?」
「どうせまた、無茶な依頼でも持ってきたんだろ」
「この非常時にか?全く貴族ってのは…」
「あのクソ野郎の事だ、また女絡みじゃないか?この前も道端で見つけた女を気に入ったからって無理やり連れて行ってたぞ」
「うわぁ、屑だな、だからあんなに禿げてるのか?笑えるぜ全く」
ふむ、やはり屑野郎みたいだ、まぁこんな屑を相手にする必要は無いな、絡まれても面倒だ。
「ルーさん、早く出ましょう、少しですが情報は手に入りました。あいつに目をつけられると面倒です」
アーシャは走って僕に近づいてくるなり、こんな事を言い出した。
「いや、流石に無いでしょ、幼女趣味ならまだしも、まっでも関わりたくないのは同意かな」
「なら早く行きましょう」
そうして、僕とアーシャがギルドを出ようとした瞬間、後ろから声を掛けられる。
その声は先程まで受付嬢を怒鳴り散らしていた耳障りな声だった。
「おい、そこの女2人少し待て」
僕とアーシャはその声を無視して、ギルドの外に出る。
ギルドを出た僕とアーシャを待ち構えていたのは、大量の兵士と黒髪黒目の2人の男女だった。
「はぁ、どうやら遅かったみたいだね」
「そうですね…ルーさんどうしますか?」
皆殺気立った目で此方を睨め付けている、何もしていないはずなのに可笑しな話だ。
「殺す?」
流石に面倒になった僕はそう提案した。
「私もそうしたい所ですが、ここは抑えましょう、目の前にいる男女はあの人の標的です」
「やっぱりそうなのかい?はぁ、なら仕方ない」
やはり、僕の見立ては正しかったみたいだね、あの2人は十六夜君と同じく召喚された勇者だ。
僕とアーシャが2人を観察していると、少し遅れてハゲリアがギルドから出てきた。
顔は真っ赤に染まり、額には青筋が浮かんでいる。
「おい、お前ら!私が呼んだのになぜ待たなかった!私を知らん訳ではあるまい」
身勝手にも程がある、世界は自分が中心に回っている、とでも思っているのだろうか。
「知らない」
「知りません」
そして僕とアーシャはそう即答していた。
「な、なんだと?わ、私の事を、知らないだ、と?舐めているのか、貴様ら私の事を舐めているのか?」
赤かった顔がより一層赤みを増し、現在の怒り具合を示している様だ。
「うるさいね全く、喚き散らす事しかできないの?」
「舐めたくありませんよ、汚らしい」
僕とアーシャの声は心底冷え切っていた、勇者がいなければ相手にするのも馬鹿らしいのだ、この様な態度になって当然だ。
「な、な、なんだと?冗談でも笑えないぞ?貴様ら……せっかく私の妾にしてやろうと声をかけてやったのに…貴様らに妾の地位は勿体ない、一から私が教育し直してやろう、今から貴様らは私の奴隷だ!やれ!お前たち!」
我慢の限界が来たハゲリアは兵士と勇者2人に命名を出す。
「どうする?流石に戦うと殺しちゃうよ?」
「そうですね…逃げましょうか」
まぁ、この状況ならそれが正解だろうが、本気で逃げればこの辺一帯更地にしてしまう…
僕は十六夜君と違ってステータスの調整が苦手なんだ…
「どうやって?何か手はあるの?」
僕は飛んでくる弓を躱しながら、アーシャにそう問いかける。
「…1つあります、精霊魔法に変わって新しく習得した魔法が」
言われてみれば、以前まで感じていた精霊の気配を感じない。
そうか…十六夜君の心臓を埋め込んだ時に…
「使いこなせるのかい?」
魔法というのは結構デリケートな物だ、まだ使ったこともない魔法を使うのは制御が難しい。
「できます、私の手を握ってください!」
僕は言われた通りにアーシャの手を握る。
「……十六夜さん力を貸してください!
時空魔法・転移」
アーシャが目を閉じながらそう呟いた瞬間、目の前が一瞬真っ白になり、全く別の場所へ移動した。
「あれ?ルーシーとアーシャ?いつの間に?」
僕がボーッとしていると、不意に声を掛けられる、そう十六夜君だ、どうやらアーシャの魔法で宿に飛んだらしい。
「やぁ、十六夜君今帰って来たところだよ」
「はぁ…はぁ…なんとか成功しました…」
そう言ってアーシャは気を失ってしまった。
「そうなんだ、ってアーシャ!?」
「さっき初めて使う魔法を行使したから、精神に負担がかかったんだろうね、少し寝かせてあげたほうがいい」
だけど、アーシャの魔法を使うセンスは素晴らしい、精霊に愛されているだけはある。
練習すらしていない魔法を土壇場で使いこなすとはね。
「とりあえず、アーシャが起きてからギルドであった事を話すよ」
「そうだな、じゃ俺がアーシャをベッドまで運ぶよ」
そう言って十六夜君はアーシャを抱き上げる…そう俗に言うお姫様抱っこだ…
その光景を見て少し羨ましいと思ってしまった僕がいた。
嫉妬?かなこれは、なんて醜い感情なんだ。
僕は自分に向けて嘲笑をこぼす。
アーシャを運ぶ十六夜君の後ろ姿を見ると心がチクチクと疼いた。
急に出てくるこの感情は本当に制御が効かない…
どうすれば、治るだろうか、僕には分からない。
いや、分かっているけど、勇気がないだけだ。
今こんな浮ついた気持ちは要らない、十六夜君の為にも、僕の為にも。
かませ臭がプンプンしますね…