復讐の余韻
俺とルーシーは喜持の屋敷を後にして、宿に戻った。
だが俺は復讐の余韻に浸りなかなか寝付けなかった。
あの悲鳴、絶望に歪んだ顔、飛び散る血、復讐の時の光景が脳裏に焼きつき離れなかった。
それらが思い出される度に俺の中の感情が踊る様に昂ぶる。
次は誰だ?次は誰だ?ともう次の獲物の心配をしてしまう始末だ。
この世界に来てから俺も頭のネジが外れた1人だと思う、あんな奴らと一緒にされるのは癪だが、もう俺は人ではない…そう、もう人ではないのだ。
俺はゴミ共に復讐を誓った悪魔だ。
いくら、命乞いされようと、俺は容赦なく殺す。
あいつらに命乞いをする資格はない。
死神も真っ青になるくらい、凄惨な殺し方でな。
「うっ…くっ…うぅぅぅ…はっ…!」
俺が窓際で余韻に耽っていると、ルーシーの横で寝ていたアーシャが目を覚ました。
まだ良く現状が把握できていないみたいだ。
それも当然か…一度死んだのだから。
「起きたか、何かおかしいとこはあるか?」
「あ、あなたは?神なのですか?」
俺が話しかけると、神と間違われた。
まぁ俺も同じ状況なら、間違いそうだけど…
「そういえばこの姿で会うのは初めてだったな。よっと、これで分かるか?」
俺は魔力を纏いアーシャと初めて会った金髪に変わる。
「あと、俺は神なんて大それたものじゃない」
「あなたは、先日ギルドでお会いした…」
どうやら記憶に障害は残ってないな、ということは死ぬ直前の事も覚えているだろう。
「そういえば名前を名乗って無かったな、俺はイザヨイって言うよろしくな」
「イザヨイ、良い名前ですね、それと私の横で寝ているこちらの方は」
「あぁ、そいつはルーシー、初めて会った時に妹って言ってた奴だ」
「そうですか…貴方達はあの時の…では貴方達が私を助けたのですね?」
どうやら死んだことはちゃんと理解しているみたいだな。
慌てふためく事もなく冷静に状況を判断する、普通の奴なら無理な事だ。
「あぁ、お前は喜持に殺され、俺が生き返らせた」
「そうですか…それであのゴミは?」
絞り出した言葉と共に指が手のひらに突き刺さり血が滴る。
目には殺意が漲り、その上から絶望が張り付いていた。
今のアーシャの心中は俺もよくわかる…
無力、虚無感、絶望、殺意、色々な感情が体の中でひしめき合い混ざり合う。
とてもじゃないが正気ではいられない、ドス黒い感情だ。
「俺が殺した、あいつは俺の復讐対象の1人だったからな」
「……そうで、す、か…」
本当は自分で殺したかっただろう、殺意の赴くままに、凄惨に苦しむように。
だが出来なかった、悔しいだろう、死ぬほど悔しいだろう。
それを表すようにアーシャの目からは涙が溢れ出していた。
「お前の、家族の遺体は俺が埋葬しておいた、あのままじゃ成仏できないだろうからな」
「うっ…ひっぐ…ごめんね…みんな…ごめんね」
そう、俺は宿に戻る前に無残に殺され放置されていた、アーシャの家族の遺体を集め、埋葬した。
ただの自己満足だが、やらずにはいられなかった。
「アーシャ、お前は生き返る事を望んでいなかったかもしれない、死んで家族の元へ行きたかったかもしれない。でも俺はお前を助けた、お前の意思を無視して生き返らせた、お前には生きる義務がある」
「義務?何勝手な事を言ってるんですか?ふざけないで!私は!私は…」
こうなって当然だ、でも俺は伝えなくてはいけない。
家族の言葉を。
「アーシャ、お前に言伝がある、家族からだ、聞くか?」
「家族?私の?」
「そうだ、お前の家族に伝えてくれと頼まれた言葉がある」
「……聞く」
そんな物があるとは思っても無かっただろうな、俺だってびっくりしたさ。
俺が遺体を埋葬し、墓を作った時。
淡い光が地中から昇り、3人のエルフが姿を現した。
その姿は透けており、霊体だとすぐにわかった。
「少年、ありがとう、あの子を助けてくれて」
「あんた、アーシャの父親か…礼なんていいよ、あれはただの俺の自己満足だからな」
そう、勝手に人の命を弄ぶなど許される行いではない。
でも、アーシャの父親は"ありがとう"と礼を言ってきた。
そんなもの俺は受け取れない。
「私からも、ありがとうございます。あの子を、アーシャを助けていただいて…なんて感謝すれば…」
「お兄ちゃん、ありがとう、お姉ちゃんを助けてくれて!」
そんな俺にアーシャの母親と妹も礼を言ってきた。
「あんたらの娘を勝手に生き返らせたんだぞ?なんで何も言ってこない?」
俺は理不尽な怒りをアーシャの家族にぶつけた。
本当にガキだな俺。
「実の娘が助かった、まだ生きられる、生きていける。親として家族として、こんなに嬉しいことはない」
「えぇ、本当に貴方には感謝しています。エルフだからと卑下せず、平等に接し命を助けてくれた貴方には、感謝してもしきれません」
「そうだよ!お姉ちゃんを助けてくれたんだ!お兄ちゃんはヒーローだね!」
「…………」
言葉が出なかった。いや出せなかった。
そうだ、何故忘れていた。
家族が生きている、それは何より嬉しい事じゃないか…
死んだ時あんなに悲しかったじゃないか…
俺も家族を失った、なのに俺は…
黙り込み下を向く俺にアーシャの父親は言葉を投げかけた。
「少年、名前は?」
「イザヨイだ」
「そうか、イザヨイ君、迷うな、自分の信じる道を歩め、それが暗く辛い道でも、それは君が選んだ道だ、迷うことはない」
その言葉を最後に、3人の体は強く光だし少しずつ天に昇っていく。
「逝くのか?」
「どうやら、その様だ、先程は生意気な事を言ったが、イザヨイ君、君なら大丈夫だろう」
「イザヨイさん、あの子に言伝を頼みたいのですが、宜しいでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ」
「"私たちは、貴方の事を忘れない、だから元気に生きなさい"とお伝えお願い致します」
忘れない…か。
「お兄ちゃん!私も!」
「いいぞ、なんだ?」
「"早く結婚して、天国にいる私たちに赤ちゃん見せてね!"って!言っておいて!」
「ふっ、あははは、そうか、伝えておくよ」
なんとも微笑ましいな子供ってのは。
「「あははははは」」
と、アーシャの父親と母親も朗らかに笑っていた。
「それは、いいな、早く孫が見たいものだ」
「そうね、楽しみにしておきましょう」
「あっ!そろそろ時間みたいだね」
「ちゃんと伝えておくよ…それと、あんたらの娘の事は任せてくれ、不幸にはさせないよ」
俺は精一杯の誠意を込めながら、言葉をひねり出した。
その言葉を聞き
「そうか、ありがとうイザヨイ君、さらばだ」
「ありがとう、イザヨイさん、貴方達に幸運の加護があらんことを」
「じゃあね!お兄ちゃん!お姉ちゃんの事よろしくね!」
「あぁ、任せろ」
それを最後に3人は完全に天に昇り、夜空の彼方へ飛んで行った。
これは俺が選んだ道だ、曲げる事はない。
「と、こんな事を言われた」
アーシャに俺が3人と話したことを全て伝えた、もちろん言伝も一言一句正しくだ。
「うっうぁぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁ」
家族の言葉を聞き、アーシャは泣いていた、それは先程の悔しさと罪悪感から出た涙より美しく見えた。
俺はアーシャの肩を抱き寄せ、落ち着くまで背中を摩り続けた。