そうじゃない友だち
おとなりにひっこしてきたのは、カッパだった。
「はじめまして。カッパです。
この山の向こう側にあるぬまから、ひっこしてきました。」
ひっこしのあいさつをするために、わたしの家へとやってきたカッパは、そう言うとカチカチとくちばしを鳴らした。
カッパという種類のようかいがいることは知っていた。
この山の北側に位置するぬまに、そのカッパが住んでいるという話も、以前に聞いたことがあった。
ただ、じっさいにカッパを目にするのはこれがはじめてだったから、ついつい、そのすがたをまじまじと観察してしまう。
わかばのような緑色のはだ。くちばしは明るい黄色。頭には水の入った平たいお皿がのっていて、せなかには大きなこうらをせおっている。
目の前に立っているこのカッパは、耳にしたことのあるウワサから、わたしがそうぞうしていたとおりの見た目をしていた。
「どうも、はじめまして。キツネです。これからよろしくお願いします。」
そう言ってわたしがおじぎをすると、つられたようにカッパもペコリと頭を下げた。カッパの頭の上のお皿から、水がこぼれて落ちていく。
その様子を見て、わたしはとてもあわててしまった。
頭にのっているお皿から水がなくなると、カッパは体の具合が悪くなってしまうと、聞いたことがあるからだ。
「あの、だいじょうぶですか。」
心配になって声をかけてみると、カッパは頭を上げてから不思議そうに首をかしげた。お皿からはまた、水がこぼれて落ちていく。
「お皿から水がじゃばじゃば、こぼれていますよ。カッパって、頭のお皿から水がなくなったら、具合が悪くなってしまうんでしょう。」
わたしの言葉に、カッパは大きく首を横にふった。その動きにあわせて、お皿からはさらに水がこぼれた。
「たしかに、そういうカッパもいますね。でもボクは、そうじゃないカッパなんです。」
「そうじゃないカッパ、ですか。」
「ええ、ボクはお皿から水がなくなってもだいじょうぶなカッパなんです。」
そう言うと、また何度かくちばしを鳴らしてから、カッパは帰っていった。
カッパというのはみんな、頭のお皿から水がなくなったら具合が悪くなってしまうのだと思っていた。そうじゃないカッパがいるかもしれないなんて、わたしは考えたこともなかった。
おとなりにひっこしてきたのは、少し変わったカッパなのかもしれない。
足元にできた水たまりには、おどろいた顔をしたキツネがうつっていた。
次の日、わたしはカッパの家をたずねることにした。遊びにさそうためだ。
「カッパさん、川へ遊びに行きませんか。」
せっかく家がおとなりになったのだから、カッパとは仲良くなりたい。
カッパは泳ぐのが得意だと聞いたことがある。わたしも水浴びをするのは好きだ。いっしょに川で遊んだら、きっと楽しいだろう。そう思っていたのだけれど。
「カッパって、泳ぐのが得意なんでしょう。」
わたしがそう言うと、カッパはこまったように頭をかいた。その手の動きにあわせて、お皿の中の水がびしゃびしゃと、とびちっていった。
「たしかに、そういうカッパもいますね。でもボクは、そうじゃないカッパなんです。」
「そうじゃないカッパ、ですか。」
「ええ、ボクは泳ぐのが苦手なカッパなんです。」
カッパというのはみんな、泳ぎが得意なのだと思っていた。そうじゃないカッパがいるかもしれないなんて、わたしは考えたこともなかった。
「それじゃあ、カッパさんはなにが得意なんですか。」
「ボクは泳ぐよりも、おどるほうが得意なんです。」
そう言って、カッパはおどってみせてくれた。楽しそうにおどるカッパの動きにあわせて、お皿に入った水もおどる。
見ているうちに、わたしも楽しくなってきて、思わずしっぽがゆれだした。
「川へ行くのはやめにしましょう。わたしもカッパさんといっしょにおどりたいです。」
わたしがそう言うと、カッパはくちばしをカチカチと鳴らしながらうなずいた。
結局、その日は夜になるまで、カッパといっしょにおどってすごした。川遊びはできなかったけれど、とても楽しい一日だった。
おとなりにひっこしてきたのは、おどりが得意な、とても楽しいカッパだった。
そのまた次の日も、わたしはカッパの家をたずねることにした。食事にさそうためだ。
「カッパさん、キュウリを食べに行きませんか。」
カッパはキュウリが好きだと聞いたことがある。わたしもキュウリは好きだ。いっしょに食事をするのは、きっとゆかいだろう。そう思っていたのだけれど。
「カッパって、キュウリが好きなんでしょう。」
わたしがそう言うと、カッパは頭を左右にふった。お皿に入っていた水がきらきらと、しぶきになってとんでいく。
「たしかに、そういうカッパもいますね。でもボクは、そうじゃないカッパなんです。」
「そうじゃないカッパ、ですか。」
「ええ、ボクはキュウリはあまり好きじゃないカッパなんです。」
カッパというのはみんな、キュウリが好きなのだと思っていた。そうじゃないカッパがいるかもしれないなんて、わたしは考えたこともなかった。
「それじゃあ、カッパさんはなにが好きなんですか。」
「ボクはキュウリよりも、木の実のほうが好きなんです。」
カッパの言葉を聞いて、わたしは思い出した。この近くに、美味しい実のなる木があることを。そこへ案内してあげたら、カッパはきっと喜ぶだろう。
考えただけでゆかいになって、ひげがひくひくゆれだした。
「キュウリを食べに行くのはやめにしましょう。美味しい実のなる木を知っているんです。カッパさんといっしょにそこへ行ってみたいです。」
わたしがそう言うと、カッパはくちばしをカチカチと鳴らしてうなずいた。
結局、その日は暗くなるまで、カッパといっしょに木の実がりをしてすごした。キュウリは食べられなかったけれど、とてもゆかいな一日だった。
おとなりにひっこしてきたのは、木の実が好きで、とてもゆかいなカッパだった。
カッパがとなりにひっこしてきてから、春と夏と秋と冬とが、三回ずつすぎていった。
そのあいだに、カッパとはずいぶん仲良くなったのだけれど、まだまだおたがい知らないことはあるものだ。
「キツネは、なにかに化けるのが上手なんでしょう。」
ある日、カッパからそうたずねられて、わたしは少しとまどった。
じっさいに、化けるのが上手なキツネはたくさんいる。ただ、わたしはそうじゃないのだ。
「たしかに、そういうキツネもいます。でもわたしは、そうじゃないキツネなんです。」
「そうじゃないキツネ、ですか。」
「ええ、わたしは化けるのが下手なキツネなんです。」
わたしの返答を聞いて、カッパはびっくりしたようなひょうじょうを見せてから、くちばしを開いた。
「ボク、キツネはみんな、化けるのが上手なんだと思っていました。そうじゃないキツネがいるかもしれないなんて、そうぞうしたこともありませんでした。」
どうやらわたしは、カッパがそうぞうしていたとおりのキツネではなかったらしい。
そしてカッパも、わたしの思っていたとおりのカッパではなかった。
「わたしも、泳ぐのが苦手なカッパがいるかもしれないなんて、考えたこともありませんでした。」
わたしがそう言うと、カッパはくちばしをカチカチと鳴らして笑った。
このカッパは、うれしいときにくちばしを鳴らす。いっしょにすごしているうちに、気付いたことだ。
かんちがいしていることも、知らないことも、おたがいにまだまだたくさんあるけれど、わたしたちはまちがいなく仲良しだ。
おとなりに住んでいるのは、カッパだ。
泳ぐのが苦手で、キュウリが好きじゃないカッパだ。
おどるのが得意で、木の実が好きなカッパだ。
とてもステキなカッパだ。
わたしの友だちのカッパだ。