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双子の姉弟

 わたしは深呼吸をすると、濃い茶色の上着にそれよりも色が深い膝下までのスカートに袖を通した。今日から通う学校の新しい制服だ。


 中学、高校とずっとセーラー服だったので新鮮な気持ちになった。新しい制服を着ると転校してきたという実感が沸いてきた。


「そろそろ行かないと遅刻するよ」


 祖母の声が階段の下から聞こえていた。新しい鞄に教科書とノートなど筆記具を入れるとリビングに下りていく。


 祖母はわたしを見ると目を細めた。


「良く似合っているよ」


「ありがとう」


 この制服は三年前に新しくデザインされなおしたもので、母の通っていた時代とは制服が異なっているそうだ。わたしはそのことが残念だった。


 わたしは祖母に促され、ご飯とみそ汁というこの家にきてから当たり前になった朝食を食べた。


 朝食を食べると、祖母に渡された地図を片手に家を出た。以前いったときは祖母の勧めもあり、タクシーで行ったため、こうして歩いていくのは初めてだった。単純な道なのと、早めに出たためすぐにつくだろうという慢心があったが、いつまでたっても学校に着くどころか見えてきさえもしない。歩いて十五分との話だったのに。


「行ってきます」


 扉の開く音とともに明朗な声が聞こえてきた。その声に聞き覚えがあったため、わたしは振り向いた。

 辺りの家々よりひときわ大きな和風の門構えはとても目を奪われる。その家の前に立っていたのは、同じ濃い茶のブレザーに身を包んだ男性だ。彼の視線が家の玄関から前方に向けられたとき、止まった。彼は驚きの声を漏らした。


「家、この辺りだっけ?」


 彼は一緒に花火を見た優しそうな印象を与える男性だった。彼はわたしを覚えていたのか何の抵抗もなくわたしに話しかけてきた。わたしはそんな彼の様子に胸を撫で下ろした。


「今日から新しい学校に行くのだけど、道に迷ってしまって」


「まあ、ここは通学路じゃないよね。じゃ、一緒に行こうよ。同じ学校みたいだしね」


 彼は大きな瞳を輝かせると、目を細めていた。何歳くらいだろうか。わたしが三年生なのでそれより上ということはないだろう。同じ年齢だろうか。


 彼の視線がわたしの手元で止まる。


「地図? ちょっと見せて」


 わたしは持っていた地図を彼に渡した。彼はわたしの地図を見つめると、地図上の一点を指した。


「ここに分かれ道があるだろう。恐らく君はこの一つ手前の曲がり角で曲がったのだと思うよ。この道は最近作られたばかりだからこの地図には載っていないみたい。ここまで戻ろうか」


 彼はわたしの答えを待たずに歩き出す。


「でも学校は?」


 彼は笑みを浮かべていた。


「まだ間に合うから大丈夫だよ。それにこのまま学校に行っても帰りや明日から困るだろう? だからそうしたほうがいいよ」


 わたしに気を遣わせまいと優しい言葉を掛けてくれているのだろう。わたしはその言葉に素直に従うことにした。千恵子さんの言葉もあり、学校に行くのが少し不安だったもののここに住む人は親切なのかもしれない。


 彼の後をついて行くと、見知った場所に到着した。一本道を脇に曲がる前の道だ。それから三メートルほど歩いた場所に先ほどの道より太く、舗装された道が通っていた。


「もしかしてこの道を通れば良かったの?」


 彼はわたしの言葉に頷いた。


「後は地図通りかな。君の家の場所だとこの道を通ったほうが近いみたいだし」


 わたしたちは学校への道を急いだ。学校はその道を真っ直ぐ行き、後三箇所曲がった先にあった。最後の角を曲がると、外国の建物を連想させる様式の建物が建っていた。建物の門にある表札を確認して胸を撫で下ろす。わたしの通う学校の名前だ。


「ありがとう」


 わたしの言葉に彼が微笑んでいた。彼の笑顔はわたしの胸を和ませる。不思議な雰囲気を持った少年だった。


「明日からはきちんと来れそう?」


「大丈夫」


 大きな一本道の続きは全てが舗装された道なので分かりやすそうだった。


 彼がわたしの言葉に見るものを満面の笑みを浮かべていた。


「良かった。僕の名前は高宮真一。よろしく」


 真一はわたしに手を差し出した。わたしは促されるようにしてその手を掴む。その手はわたしの手よりも関節一つ分大きく温かい手だった。


 もし人に陰陽があるならこの人は間違いなく陽の人間だ。彼の表情から明るさが漏れていた。大人しいわたしとしてはこういう人間がとても羨ましかったりする。


「わたしは藤田ほのかです」


 高宮真一に対して深々と頭を下げる。


「知っているよ。僕の母親があなたの母親と仲が良かったらしくてさ。子供がいたのは知っていたけど、まさか自分の子供より大きい子供がいるとは思わなかったと言っていたから」


「自分の子供より大きい子供って」


「言ってなかった? 僕は高校二年生で一つ年下」


 タメ口で話しかけてくるものだからてっきり、わたしと同じ年だと思っていた。


 しかし、屈託のない笑みでそう言われると年齢のことなどどうでもよくなってしまう。もともと上下関係など気にするタイプではないというのもあるのだろうけど。


 でもこの人と親しげだったもう一人の無口な男も高宮真一と同じ学年なのだろうか。わたしはそう考えるとまた不思議な気持ちになる。


「でも一時はどうしようかと思った。道を教えてくれてありがとう」


「あれ? また女の子に言い寄っているの?」


 凛とした澄んだ声がわたしの耳に届いた。顔を上げると、そこには柔らかそうな髪の毛をした女の子が立っていた。二重の瞳にスッと伸びた鼻。ひときわ目立つ美少女。彼女を形容したら、それがしっくりくるだろう。だが、わたしは彼女の顔の外形を確認したとき、誰かに似ていると感じた。ふと、隣に立つ、彼女より頭一半ほど長身の高宮真一に目を向けた。そう、彼女は高宮真一に似ているのだ。


「言い寄るって、俺から言い寄ったことは一度もないよ。変な誤解を与えるようなことを言わないで」

「ごめんね。あなたが女の子と一緒にいると、いろいろ聞かれて面倒なんだもん。姉として知っておく義務があるでしょう」


「お姉さん?」


 わたしは思わず驚きの声を漏らした。


 二人は同時にわたしを見た。


「こいつは僕の双子の姉だよ。姉って言っても双子だから意味はないようなものだけど。なんで学年は高校二年」


「この人は誰?」


 高宮真一に姉と紹介された少女は高宮真一の言葉を無視し、彼に問いかけていた。


「この学校に転校してきた人で、僕らの一つ年上。藤田ほのかさん」


「藤田さんってお母さんの友達の藤田さん?」


 彼女は真っ直ぐな視線をわたしに向け、優しい笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。

 そのきれいな仕草に、同性ながらもどきりとした。


「初めまして。わたしは高宮由紀。この学校の高校二年生です」


 わたしも由紀に釣られるようにして頭を下げた。


「今からどこに行かれるのですか? わたしで宜しければ案内します」


 由紀は穏やかな表情を浮かべ、わたしに語りかけた。


「僕が案内するよ。折角の縁だし」


 由紀は真一を手で制した。


「でもホームルームが始まるわ。真一は普段の行動があまり芳しくないから転校生を案内していて遅れたと言っても先生に信用してもらえないかもしれないでしょう」


 由紀の言葉に真一はふてくされた表情を見せながらも頷いた。


「じゃあね、ほのかさん」


 真一は右手をヒラヒラさせると、校舎に向かって歩き出した。



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