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わたしのお母さんの事情

「それって褒め殺しみたい」


 わたしの言葉に千恵子さんは笑っていた。


「でもあなたぐらいの歳で昔の千明を知らないと不安に思っても無理もないわ。どうしても自分の母親が自分を産んだ年齢とかが気になってしまうものね。千明は真面目な子だったし、成績も学年でトップクラスだった。決して軽い気持ちであなたをうんだわけではないの。そのことを分かって欲しい」


 彼女の言葉にわたしは心の中を見透かされている気がした。確かに彼女の言うことには信憑性があった。わたしの母親はわたしに一度も八つ当たりしたり、泣き言を言わなかった。


 それは少なくとも母親にとってわたしが望まれずに生まれてきた子ではないということだと思わせるには十分だった。そのことに確証を持ててほっとした。


「高校卒業まであと八ヶ月よね? これからどうするの?」


「とりあえずアルバイトしながら高校だけは出ようと思います。大学は出来れば行きたいけれど。奨学金を取れるかどうかだから成績次第ですね。働くことも念頭に入れていますけど、だったら学校側にも相談しないといけないかなとは考えています。それにこの家もどうするか決めないと……」


「大学は行けるときに行ったほうがいいわよ。わたしも若くして結婚したから、今では少し後悔しているのよね。もちろん今の生活は幸せで不満はないのだけど」


 彼女はそこで言葉を区切ると、何かをじっと考えているようだった。彼女は真っ直ぐな瞳でわたしの顔をじっと見る。


「あなたは自分のおばあさんに会いたいと思う?」


 突然出てきた単語に戸惑っていた。確かに母親には親がいるはずだし、その親を高校の同級生である彼女が知っていても無理はない。


「今まで考えたことなかったです。ずっと二人でやってきたから。でもどちらかといえば会いたいかな」


 千恵子さんはわたしの言葉に笑みを浮かべる。


「良かった。きっとあなたのおばあさんも喜ぶわ」


「おばあさん一人で暮らしているんですか?」


 千恵子さんの表情に陰りが見えた。


「そうよ。おじいさんは、昨年亡くなったの」


 わたしはそっと唇を噛み、胸の痛みをごまかした。気になっていたことを聞いてみようと思ったのだ。


「やっぱりお母さんは家出ですか?」


 千恵子さんは目線を自分の手元に向けると頷いた。彼女の様子を見て、聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないか、そんな不安が脳裏を過ぎった。


「あなたにはきちんと話をしておかないといけないわね」


 千恵子さんはお茶に口を付けると、溜め息を吐いた。


「あなたのお母さんは高校在籍中に妊娠したのは分かる?」


 わたしは頷いた。


「彼女には付き合っている人がいた。その人があなたのお父さん。でもその人は今別の人と結婚していてね。あなたより一歳下の子供がいるの」


「まさか不倫とか?」


 わたしの言葉に千恵子さんは苦笑いを浮かべていた。


「違うわ。千明はそういうことには神経質だと思うわ。知っている人は少なかったけれど、二人は本気で付き合っていたのよ。その人は千明よりも五歳年上で大学を卒業して既に働き始めていた。千明もその人もお互いとの結婚を望んでいたとは思う。でも、そうはならなかったの」


 彼女はそこで言葉を切る。


「家庭の事情とでも言うのかしら。彼は親の決めた相手と半ば強制的に結婚をすることになったの。その人の親の会社が潰れそうになってね、お金を貸してもらうことを条件に子供たちの結婚の約束を取り付けたの。親の会社や従業員の生活と、好きな相手との結婚。それをはかりにかけられてね。千明にも彼の両親から別れてくれと、頭を下げられたと後になって教えてくれた」


「両親が無理に決めた結婚?」


 ドラマや映画の世界みたいだ。


「少し違うかな。その人は資産家でね、年取ってからできた娘をたいそう可愛がっていたのよ。その娘さんが、千明の付き合っていた相手のことを好きで、そうなったの」


 わたしは彼女の言葉を理解して、千恵子さんの言葉に頷いた。


「二人の結婚話は勝手に進んでいき、もうあなたの両親が拒める状態ではなかった。だから、千明は高校卒業を待って家を出たの」


「わたしがお腹のなかにいたから?」


「どうだろう。それも全くないとは言えないけれど、耐えられなかったのかもしてない。着実に進んでいく結婚話に。その娘さんもわたしたちの友達だったから、今後も二人の話を聞かされるでしょう」


 胸の辺りが締め付けられる想いだった。好きな人どころか付き合っていた人と、自分の友人が結婚する。母親はどんな気持ちであの町を離れ、わたしを産んだのだろう。


「あなたのお祖母さんはあなたと一緒に暮らしたいと思っていると思うの。だからあの町に行ってそういった話になる前にあなたも知っていたほうがいいと思って。小さな町だから人のことをとやかく言う人間もいるし。嫌な思いをするかもしれない」


 彼女は短く息を吐いた。


「急に来てこんな話をしてごめんなさい。でも、知っておいたほうがいいと思って。それでもわたしはできるだけ力になるわ。だから、よかったら前向きに考えてみてね」


 わたしは頷いた。


 彼女は時計に視線を走らせた。


「ごめんね。日帰りで来る予定で、帰りの電車の時間があって」

「いえ、わざわざありがとうございます」

「何か困ったことはある?」

「今のところは大丈夫です」


「何かあれば連絡して。いつでも力になるわ。あなたがこの話を断ってくれてもね。保証人とかそうした話も極力力になるわ」

「ありがとうございます」


 彼女の優しい気持ちに、わたしの視界が霞んだ。

 彼女は電話番号を書き残し、家に帰っていった。



 わたしのお母さん、お父さん、そしておばあさん。

 お母さん以外はその存在さえも実感がない。

 でも、おばあさんに会えるなら会いたいという気持ちがあった。



 翌日千恵子さんに教えてもらった番号に電話を掛けた。わたしは祖母に会いたいということを率直に伝えた。受話器から聞こえてくる千恵子さんの声は明るく喜んでくれているように感じた。


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