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最初で最後の告白

 旅立ちの日、わたしは荷物を纏め、階下に下りていった。

 おばあちゃんは礼服に身を包んでいた。そして、いつもはしない化粧をしていた。


「準備はできた?」


 わたしはおばあちゃんの言葉に頷く。わたしは荷物を床の上に置くと、溜め息を吐いた。


「送って欲しい荷物は段ボール箱に詰めたけど。ダンボールは下に運んでこなくていいの?」

「あの子が手伝ってくれるってさ」


 おばあちゃんは笑顔でわたしの言葉に応えていた。あの子とは真一のことだ。わたしを運んできた日から真一とおばあちゃんはすっかり打ち解け、仲良くなっていた。あの小屋で話をした二日後にやってきて、荷物を送るなどの手配をしてくれると言っていたのだ。


「一家もろともすっかり真一と仲良くなったね」


 わたしの言葉におばあちゃんは笑顔を浮かべていた。


 わたしが時計を見ると、時刻は十二十分を示していた。わたしは十二時半過ぎにバスに乗ることになっていた。バス停まで家から歩いて十分ほどかかる。


「そろそろ行こうか」


 おばあちゃんに促され、わたしは家を出ることになった。


 玄関を開けると、少しだけ暖かくなった春の風がわたしの頬を掠める。なぜか目元が熱を帯び、涙が溢れそうになる。わたしはおばあちゃんに気付かれないようにそっと手の甲で涙を拭った。


 バス停に到着すると、錆びた時刻表に目を走らせた。

 もうそろそろバスが到着する。


「ほのかがここにきて、あっという間だったね。楽しかったよ。身体に気を付けてね」


 わたしはおばあちゃんの言葉に笑みを浮かべる。


「おばあちゃんもね」


 おばあちゃんは顔をしわくちゃにして微笑んでいた。


「無理にはここに帰ってこなくていいから、たまには電話をちょうだいね」


 わたしは頷いた。

 ここにはもうなかなか戻ってこれないだろう。

 おばあちゃんもそれを分かっているのだ。

 やはりわたしのことでいろいろおばあちゃんが言われるのは辛い。

 お母さんが全くこの家に帰ってこなかった理由が今更ながらに分かる気がした。


 わたしは今まで聞けなかったことをおばあちゃんに尋ねてみることにした。


「あの家のことまだ恨んでいる?」


 おばあちゃんは高宮家自体を恨んでいるように思えた。わたしのお母さんのことを考えると無理もないとは思った。


 おばあちゃんはくすりと笑った。


「ほのかがここに戻ってくるまででは、正直憎んでいた。でもね、もう恨んでいないよ。だって千明と高宮が結婚していたらあんなにいい子は産まれなかったのだから」


 わたしはおばあちゃんの言葉に顔を綻ばせていた。

 あんなにいい子が誰を指しているのか自ずと分かった。


「よかった」


 真一がいてくれてここにきてよかったとは思う。だが、泣いているお母さんを思い出せば、二人が結ばれていたら。そう思わない気持ちがないわけじゃない。

 だが、この世にもしもは存在しない。

 だから、全てが必然だと思いたかった。

 そう考えることでやるせない気持ちに行き先を与えたかったのだ。


 エンジンの音が耳に届いた。

 わたしが音に促され、目を向けると、前方から煙を巻き上げバスがやって来た。バスはわたしの待っている場所に停まった。


「行ってきます」


 わたしはおばあちゃんにそう告げるとバスに乗り込んだ。バスはわたしを乗せると、扉を閉めた。


 バスの乗客はわたしのほかは老夫婦だけだった。二人はパンフレットのようなものを広げ微笑んでいた。

 わたしも数十年後まだ見ぬ誰かとこんな未来が送れる日が来るのだろうか。

 そんなことを考えて、苦笑いを浮かべた。

 今はまだそういうことを考えるには重すぎた。


 わたしは運転席から二つほど離れた場所に腰を下ろした。


 バスのスピードがどんどん加速していく。わたしは見慣れや風景を移した。


 たった七ヶ月の出来事だった。だがきっとここでの日々はお母さんと一緒に過ごした十七年間と同じように記憶に残り続けるだろう。


 わたしは一瞬風景の中に一人の男性の姿を見た気がした。


 思わず背後を振り返る。だが、もうその姿を視界にとらえることはできなかった。わたしの思いが幻影となって現れたのかもしれない。だが、あの人があそこにいたと信じたかったのだ。


 頬から伝うものを感じ取り、自分が泣いているのだと自覚した。


 全てに後悔はしていないはずだった。

 だが、一つだけ。


 気持ちを噛みしめ、そっと唇を噛んだ。

 言えなかった気持ちを、心の中でそっと呟いた。


 あなたがずっと好きでした、と。

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