三島さんの夢
わたしの言葉に三島さんは優しく微笑んでいた。
「でも三島くんって全然最初とイメージが違う。もっと怖い人だと思っていた」
「壁、作るからかな。あまり人付き合いが好きでないから。でもまだお前相手なら普通に会話しているほうだと思うよ」
「そうなの?」
わたしは自分で尋ねてみて、三島さんが確かにクラスの人間とはほとんど話をしていないことを思い出す。以前真一と話していたときもこんな感じだったのかもしれない。
「比較的お前には何でも言えそうな気がする。幼い頃からお前の写真ばかり見せられて育ったからかもしれないけど」
顔が火照るのが分かった。体中が熱されたみたいに熱くなる。
「そんなにあの写真見ていたの?」
「しょっちゅう見せられていたよ。本気か冗談か分からないけどあなたの妹ですよ、とか言って。最近は流石になくなったけど、相変わらずお前の写真はいっぱいあるな」
「すごく恥ずかしいのだけど」
三島さんはわたしを見て声をあげて笑っていた。
「そんな写真を見せられたからかもしれないけど、お前のこと昔から知っているって気がする。だからお前の前では笑ったり出来るのかもしれない」
わたしは三島さんの言葉がとても恥ずかしかった。だが、同時に左胸の辺りにほんわかとした温もりが宿るのが分かった。
「花火を見せてくれたときにはわたしのこと分かっていたの?」
わたしの言葉に三島さんは笑みを浮かべていた。
「一度見せてあげたいと思っていた。あそこの花火はこの辺りでは一番大きな花火大会だから」
三島さんはわたしに手を差し伸べる。わたしはその手を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。お父さんが居たらこんな感じなのだろうか。わたしは三島さんの手の温もりを感じつつ、そう思っていた。
「三島くんの夢って何?」
三島さんは苦笑いを浮かべていた。
「普通脈絡もなく突然聞き出すか?」
「教えて」
ただ純粋に彼のことをもっと知りたかった。その気持ちが何からくるのかははっきり分からなかった。
「泣いているときにそんなこと聞いてくるのは卑怯な気はする」
わたしは慌てて目に溜まった涙を手の甲で拭った。そんなわたしを見て、三島さんは笑みを浮かべていた。
「俺の夢は獣医だよ」
「獣医、さん?」
「でも俺の家も金持ちじゃないし、わたし立は大変だから勉強を頑張っている。高校の先生からはもっと上を目指せとか言われるけどな」
三島さんの瞳はキラキラと輝いていた。わたしにはその輝きが羨ましかった。いつも見ている三島さんとは別人に見え、彼が一番やりたいことだというのが分かる気がした。
「すごいな。自分の夢があるって」
「お前にはないのか?」
わたしは三島さんの言葉に頷く。
「わたしはいいところに就職して、お母さんを楽させたいと思っていた。だから、安定していて、お母さんのできるだけ傍にいられるような仕事をしたいと思っていたの。自分のやりたいこととか考えたことなかった」
「いろいろあるよな。でもいつか見つかるかもしれないだろう? そのときに精一杯頑張れば良いと思うよ。今の世の中、早いうちに自分の夢を持つほうが有利だけどでも人生に早い遅いはないと思うから」
わたしは彼の言葉に頷く。彼の真っ直ぐな言葉がとても嬉しかった。
それから何か特別な言葉を交わしたわけではない。わたしは学校に居るときも、学校を出てからも三島さんと過ごす時間が、日が経つにつれて長くなってきた。自然とそうなったのだ。
わたしは自分の中に目覚めつつある、心の温もりに気付いていたものの、それを口に出すことはしなかった。確証はなかったが、三島さんも同じ気持ちで居てくれているような気がしたからだ。
それから三島は時間が合えばわたしに勉強を教えてくれるようになった。場所は専ら三島の家だ。
「できたか?」
わたしはそこで我に返った。三島を見ると、彼は呆れた顔でわたしを見つめていた。
「出来たよ」
わたしは手元にあったノートを三島に差し出す。三島の視線がノートに注がれていた。
彼は今何を考えているのだろうか。わたしは漠然とそんなことを考えていた。
「残念。ここで計算間違っているよ」
三島はわたしが解いた回答の一行目の計算式の答えの部分に赤いペンで印を付けた。
「ここ以外は良く出来ているけど、計算間違いは気を付けたほうがいいよ。センターとかでは全てだめになってしまう可能性があるのだし」
「そうだね」
わたしは三島からノートを受け取るともう一度計算をした。最後の答えを出すと三島にノートを見せる。三島はわたしのノートを見て、頷いていた。
「良く出来ました」
わたしは顔をテーブルに伏せた。欠伸が自然と出てくる。
「疲れた」
「受験生なんだから、これくらいで疲れてどうする?」
「スパルタ教師みたい」
わたしは三島さんを見て思わず笑っていた。
「わたしも大学考えなきゃなあ」
「ばあさんは何て?」
「お母さんの学費とか貯金していたらしくて、大学は好きなところに行って構わないって行ってくれている。でも甘えていいのかな」
「構わないと思うよ。ちょうどお前の母親がこの町を出て行ったのが高校を卒業して直ぐだから、娘にしてやれなかったことをお前にしてやりたいのだと思うよ。今のばあさん、すごく嬉しそうだからさ」
三島さんはフッと微笑んでいた。
「そうなの?」
「だから気にするなよ。お前が行きたいところ受ければいいと思う。もし金銭的なことが気になるならバイト頑張ればいいし、大学卒業して恩を返せば良いさ」
「そういうもの?」
「そういうもの。だから気にするなよ。お前が行きたいところ受ければいいと思う」
わたしは三島さんの言葉で心が軽くなった気がした。
「そうだね」
わたしの言葉に三島さんは微笑んでいた。そのとき三島さんの携帯電話が鳴り出した。だが、三島さんは特に反応を示さなかった。
「電話鳴っているよ」
「多分由紀だよ。あいつ二十通以上メール送ってくるからな。後で纏めて返事しておくよ」
「気まぐれだね。わたしのときは比較的直ぐ返事くれるのに。運が良いのかな」
「ま、それはお前だからな」
三島さんは笑うと、また先ほどのノートに目を向けていた。
その言葉にどんな意味があるのかはそれ以上聞かなかった。
わたしにとって都合良い方向に物事を持っていきたかったのかもしれない。
わたしは志望校を地元の農学部に決めた。三島さんと同じ大学だった。ここからは少し距離があるので一人暮らしになるかもしれない。
祖母にそのことを打ち明けると、喜んでくれているようだった。
わたしは三島さんのようにしたことが具体的に決まっているわけでもない。ただ単に植物が好きだからという安易なものだった。だが、具体的に何かを決めないと何も始まらない気がしたからだった。
三島さんにそのことを伝えると、彼は笑顔で頑張れと言ってくれた。




