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空の青

作者: ゆか
掲載日:2017/02/05

「空。青いだろ」

 木々の生い茂る中で、突如上を向けと言われた私は、続けて発せられた言葉に困惑していた。


『ついてこい』

 重大な決心を前に悩んでいることを相談したとき、先輩はただそう言って私に背中を向けた。彼の口から発せられた声よりも、その背中はずっとずっと頼もしく、無条件について行きたくなる空気を持っていた。

 そして、気がつけば森の中へと足を踏み入れていたのだった。

「……青い、ですね」

 深緑の葉が重なる隙間から、ちらちらと覗く空の色を見ながら答えた。今日は快晴なのか、どの瞬間を切り取っても、ただ青いだけの空が見えた。

「どれが本物の青だ?」

 え。の声も出ないまま、先輩の言葉を頭の中ひたすら反芻した。どれが本物の青だ。どれが本物の青だ。どれが……

「……あの、いくつもの青が見える中でってことですよね」

 はっきりと自覚するほど、間の抜けた声が出た。

 生い茂る葉によって作られる隙間は、一つではない。葉に切り取られた小さな空の色は、大きいも小さいもなく、どれも同じように青かった。西の端と東の端の色を比べても、大差はない。一様に青く、透明で、底のない空色だった。

「どれが、本物の蒼だと思う」

 あまりにきっぱりと言い切る先輩に、質問の真意を問いかねていた。本物の蒼とは。どれが……?

 何を尋ねたいのだろうかと考え込むうちに、モヤモヤと居心地の悪い感覚が胸の中に立ちこめてきた。こんな足元の悪い場所へ連れてきて、訳のわからぬ問いを投げかけてくる先輩に、腹立たしさにも似たものを覚える。

 まったく無意味な足労だった。もう先輩を置いて帰ってしまいたい。もっと別の人へ相談すればよかったのだ。だんだんとモヤモヤは増し、強くなり、体を支配するようにまでなった。

「分かりません」

 ついに私は、投げやりに返した。そんなもの、分かろうはずがない。本物なんてないと思った。どれもみんな青で、どれもみんな向こう側では繋がった一つの空で、それの色に本物も偽物も見つけられようはずがないと感じた。

「そうだろう」

 堂々と言葉を返してきた先輩に、なおも不快感を募らせる。なんだってこの人は、悩んでいる人に対し、余計なことを考えさせるのだろうか。考えさせた上で、こんなにも嫌な思いをさせるのだろうか。

「どれも青いんだ」

 自信にあふれた声。普段なら、頼りになるアドバイスや指示を出して、私たちを鼓舞してくれるこの声も、今ばかりは恨めしいだけだった。

 どれも青い。その通りだ。だから分からないと言っているのだ。むすっと口をつぐんで、私はたくさんの緑とほんの少しの青を見上げた。

「どれも本物だ」

 急に柔らかくなった先輩の声は、語りかけるように言った。不意に、素直になる自分がいた。

「どれもが正解で、どれもが本物の青だ。どれを選んでも正解だし、たどり着く先はひとつ。空だ」

 途端、心がぽっかりと空っぽになるのを感じた。寂しさや空虚ではない。どこか心地のよい、おだやかな……海だ、と思った。太平洋の真ん中……行ったことはないが、きっとそこも、穏やかで優しくゆったりとした時が延々と流れる、そんな場所なのだろう。

 それは豊かな沈黙だ。満たされた時だ。何者にも邪魔されない、確固たる静けさだ。

 先輩の横顔を見つめた。遠く、遠くを眺め、ずっしりとそこから動かない、ずっと昔から居座ってきた切り株のようだった。

「空にたどり着くことが、目的なんじゃないのか?」

 首をめぐらせ、先輩が目を合わせてくる。

 私は少しも迷うことなく見つめ返していた。

 風は穏やかに頬を撫ぜ、そしてかすかなざわめきを生み出すと、通り過ぎていった。足跡も残さずに。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 70年代の、ドタバタ劇のせりふを思い起こさせてくれる、不思議な感性に興味がわいた。 [気になる点] 状況設定があまりにも不明。 先輩、というだけで何もわからない。
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