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6.けちのついた理由(祐司)

 お返しを期待しているなどと言っていた幼なじみがホワイトデー当日に「寝ているから」なんて理由で姿を見せなかったところからしておかしい。

「どしたのー、祐司ー?」

 頬杖をついて考え込んでいた祐司は無駄ににこやかに近寄ってくる悪友その二を見上げた。

「暗い顔しちゃって。あ――昨日、バレンタインのお返しを本気でしたら義理だったとか言われちゃった?」

「言われてねえよ」

 むしろどう誤解しようと思ったところで無駄なくらい完膚無きまでに義理だったとも本命からもらったのがッ。そう言いたいが、ぐっとこらえる。

 せめて何か気の利いたものを贈ろうと思っていたのにお返しは結局普段通りのものになってしまったし、まして直接渡すにも至らなかった。

 この友人には一言たりともそんな経緯も麻衣子の存在も明かすつもりなどないのだ――話したら最後、散々からかわれるに決まっている。

 明かしていないのに微妙に当を得たからかい発言をする辺りが恐ろしい。

 じっとりと自分をにらみつける祐司の毒づきを気配で悟ったのか、悪友はぶるりと体を震わせる。

「そんな怖い顔してたら怖がられるの当たり前じゃないー?」

「誰が、いつ、そんなこと言った?」

「どしたのそんな本気になって。あ、図星っちゃった?」

「そー思うならもうちょっと人に配慮するとかどうとかできないのか、お前は」

「うわごめんほんとだとは思わなかったから!」

 本気を悟らせない程度に皮肉を混ぜると、慌てたように友人は謝ってくる。

 祐司は冷たく彼を見据えた。

「違うけどな」

「俺の謝罪を返してっ」

 ごまかしは成功したらしい。打てば響くような反応に祐司は呆れかえった。

「あのなあ」

 どこから何をどう言ったらわかってもらえるのか考えて、無駄じゃないかと諦める。そろそろ一年くらいになる付き合いで、友人の性格は十分承知している。

「だいたいお菓子屋の陰謀なんぞ、俺にはほとんど関わりがないんだ」

「祐司甘いの嫌いだしねー。もったいない」

「お前は幸せそうだったな」

「義理二つ、だったけどねー」

「二つ?」

 一つは祐司と一緒にもらったもう一人の悪友の彼女からのものだ。

「大体誰かはわかりそーなもんでしょ」

「母親か」

「いえす。もてないって辛いわー」

「お前はもうちょっと言動をどうにかすればいいと思うが」

 どういう意味だと本気で不思議そうにする悪友から祐司は目をそらした。言動さえどうにかすれば見れる見かけだと思う、なんて忠告してやる気にはとてもならない。

「お前がお返しを張り切るんだとか言いやがったせいで俺は今金欠なんだぞ」

「おかげで彼女は喜んでくれたよ?」

「人の彼女を喜ばしてどーすんだよ」

「俺達のお返しを喜ぶ彼女を見てやきもきするヤツを眺めたらとても楽しい」

「いい性格だな……」

「乗ったんだから祐司も同罪ッ」

「馬鹿なコトしたと思うよ、本気でな」

 友人と目を合わさないまま祐司は大きくため息をもらした。

 ホワイトデーの前日――一昨日にお返しを買いに行くから割り勘にしようと誘われて、市場調査をかねてついていったのがそもそもの間違いだった。

 彼氏の友人への義理の贈り物は、彼氏に渡した残りと思われるチョコチップクッキーの包み。「手作りだ!」と喜んだのは祐司ではなく友人で、義理が二つの彼からしたらお返しに力を込めるのは当然の結論だったらしい。

 ほとんど彼に奪われて祐司はお義理で一枚口にしただけだというのに、お返しはきっちり割り勘だった。スーパーなんかのホワイトデーコーナーではなくちゃんとしたケーキ屋で買ったお菓子の詰め合わせは祐司には理解できないくらいの高額。かつ、これまで麻衣子にも返したことがない大きさで釈然としないものを感じたものだった。

「そんな突き放した言い方しなくてもいいのに」

 どういったものが女の子に好まれるのか一直線にケーキ屋に向かわれたら検討のしようがなかったし、全くの無駄足だった。

 今はしょげた様子を見せる悪友は充分目的を果たして楽しかっただろうが、彼と別れたあとに散々頭をひねって「花なら何とか!」と向かった花屋で値段を見た途端祐司はケーキ屋で簡単に飛んでいった野口さんを追いたくなった。

 財布の中にはもはや誰もおらず、ポケットの中の小銭を集めてもなんとか数本買えるくらい。

 道すがら色とりどりの花をまとめた大きな花束を想像していたものだから、それならいっそのことない方がましだと家に帰ってしまった。

 一週間くらいですぐ枯れそうな物だっていうのに、何であんなに高いんだ花ってやつは。少し見栄えがいい物を買おうと思えば野口さんが二人は必要だとは。

「次の小遣いまで買い食いもできないのがどれだけ苦痛かわかるか?」

 素直にそんなことをこの友人に白状しても後悔しそうなくらいからかわれるだけだ。だから当たり障りのない理由をでっち上げて、文句をつける。

「ちょっとは悪いと思ってるから、プレゼンターを祐司に譲ったのに」

「埋め合わせの方法が間違ってるっつんだ」

「ちょっと手がずれたら彼女と手と手が触れあっちゃうというドキドキイベントだったのに!」

「――そんなものイベントじゃない」

 せいぜい冷たく祐司は言い切った。




 それから数日、どんなに頑張っても麻衣子と顔を合わせることができなくなった。

 朝から晩まで毎日考えても、こうなった理由が祐司にはわからなくて、そうこうしているうちに春休みが来てしまった。

 バレンタイン以降、幼なじみと頻繁に顔を合わせることができるようになっていたのは、ひとえに自分の努力の成果だと祐司は思っている。

 だとすれば、会えなくなった原因はなんだろう?

 首をひねったところで答えは見つからなかった。

 顔を見せる努力は続けていたけれど、テスト返し週間が終わり短縮授業になって、彼女の行動パターンが変わったのかもしれないと推測はしてみた。休みに入ってしまったら、パターンの読みようがない。

 避けられているかも、とは考えたくもなかった。

 ただ、期待していると言われたにもかかわらず例年通りのお返ししかしなかったから、彼女が怒ってしまったのだという可能性――だから避けられているという可能性が否定できない自分が悲しくはある。

「――でも、あの日最初っから寝てるとか言って出てこなかったんだよなー」

 結論のでない思索の円周から抜け出して、祐司はため息をもらした。

「よくわからん。お返しの中身はそん時はわからないはずだろ?」

 自問しつつ壁越しに隣の家を見透かそうとするかのごとく目を細め、一人うなずく。

「ホワイトデーの存在自体忘れてて、本気で寝てて起きたらいつも通りの菓子箱で、忘れてたくせに期待してたのにいつも通りかーって……」

 ぶつぶつつぶやいたのはあくまでも想像だったけど、間違ってなさそうな答えを見つけた気分だった。

 脳裏にたやすくぶーたれている幼なじみの姿と声が浮かんだ。

「くそ。存在すら忘れて寝てたなんてどう希望を持って解釈しても、やっぱりあれは義理……」

 分かり切っていた事実を改めて発見して一際大きく息を吐き出す。

「どうやったらあの馬鹿に俺っていう存在を意識させることができるってんだ」

 それこそまさに答えのでない疑問だった。祐司はこの上なく顔をしかめる。知恵熱が出そうだった。

「とりあえず、怒りを静める方が先――か」

 気を取り直して緩やかに頭を振る。

 彼女が納得するだけのお返しを追加で準備して、なだめくてはならない。

 幼なじみの性格は熟知している。だからそれはそこまで困難なことではないと祐司は思う。

 ただ……独白しながら祐司は視線を落とした。机の上に投げ出した財布の中身を思い、嘆息する。

「小遣いまであと十日、そこまで耐えられないだろ」

 すぐに春休みだっていうのに遊ぶお金がまったくない。憂慮すべき事態に彼は渋面になった。

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