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11.その反応は予想外(祐司)

 いつも通りに起きて、いつも通りに朝の支度をして、いつも通りに家を出た。

「……おはよ」

 いつも通りじゃなかったのは、学校に向けて足を踏み出した途端に後ろからかかった声だった。

 顔をしかめて、空耳じゃないかと疑って、それでも振り返ったのは人の気配を後ろに感じ取ったから。

「――お、おはよう?」

 動揺の余りどもってしまったのを誤魔化すように祐司は目を細めて、そこにいるのが間違いなく幼なじみだと確認する。

「どうしたんだ、麻衣――」

 口早に言いかける途中に以前のように「麻衣ちゃん」と呼ぶべきか悩んで、結局ちゃんをつけないまま口を閉じる。

 高校生になって麻衣ちゃんはないよなと自分に言い聞かせながら、彼女の様子をうかがったのは反応が怖かったからだ。

 入学した当初よりもあか抜け、スカートが短くなっている以外は変わった気配のない幼なじみは、眉間に浅いしわを寄せて祐司を見上げる。

「珍しいな、こんな早くに」

 文句を言われる前に先んじて切り出すと、麻衣子は軽くうなずきを返してきた。

「何でまたこんなに朝早いのよ。早く行ったって何かあるわけじゃないでしょうに」

「部活だよ部活」

「部活ぅ?」

 驚いたのか麻衣子はやけに甲高い声を出した。目をぱちくりさせてまじまじと祐司と見つめる。照れくさくなって視線を正面に据えると祐司は何気なさを装って一つうなずいた。

「園芸部。義理でな。水やりがあるんだよ」

「――花が好きだとは知らなかったわ」

「義理って言ったろ。別に興味があるわけじゃない」

「そうなの?」

 麻衣子が驚いたように言うことの方が祐司には驚きだ。

「知らない間に花好きになったのかと思ったのに」

「はぁ?」

 続く言葉に目を剥いた祐司は、そのあとすぐに気付いた。

「昨日のアレか」

「アレよ――顔が赤いわね」

「うるさいな……。アレは、超一級のレアだから感謝しろよ。花屋であんなもん普通に買えるヤツの気が知れない」

 はっきり麻衣子から視線をそらして、祐司はうそぶいた。くつくつと彼女が肩を震わせる気配を感じる。

「感謝してるわよ。ちょっと感動したわ――封筒が全てを台無しにしてたけどね。こだわるならそこにおしゃれなカードでも入れて、歯が浮いて逃げ出しそうな台詞でも書いてくれればよかったのに」

「歯が逃げる前に俺が逃走しなきゃいけないだろが。花だけで充分クサいだろ」

「あの封筒は色気がなさ過ぎって言ってんの」

「悪かったな」

 麻衣子が言う以上に色気のない会話だった。恥を忍んで一言でも歯の浮きそうなことを言ってみれば何か違うのかもしれない。

 何か違うその方向が色気のゲージに傾くかと言えば、そうでなさそうなのが難点だった。言ったが最後、大爆笑で流されて終わる気がする。それがわかるから、何も言えない。

 そんなことをされたらさすがの祐司でも平静を装うのは困難だろう。

 報われないよなあと祐司は内心嘆息した。

「ピンクのハートの便せんとかがよかったか」

「はぁ? 祐司がぁ?」

 落ち込む気持ちを誤魔化しながら馬鹿なことを言ってみると、素っ頓狂な返答が返ってくる。

 驚いた様子の麻衣子の言葉こそ祐司には驚きだった。

「似合わない似合わない、そっちのほうがセンスなさ過ぎ」

 鋭い指摘は右から左、祐司の脳内でこだまするのは彼女の呼びかけ。

「いつもわがまま言うよな、麻衣は」

「わがままなんかじゃないわよ。祐司が馬鹿なこと言うからでしょ?」

 確認する意味で呼びかけると、間違いのない返答。目線がばっちり合ったのは、お互い似たことを考えたからだろう。

 にやりと笑いかけると、同じような笑みが返ってくる。「高校生にもなって、ゆーちゃんはないわよね」なんて無言の意志が伝わってくる気がする。

 おそらくは祐司が麻衣と呼びかけたから、対抗して呼び捨ててきたんだろうけど。

「なんでこういうときだけ意思疎通がばっちりできるのかね」

「慣れの問題でしょ」

 半分口っぽい呟きにはあっさりとした返答。祐司の人生の中で両親の次に一緒に過ごしている時間が長いのが麻衣子だ。

 日常の意思疎通には困ることが余りないのにこと「恋心」なるものに関してだけは伝わらない、そのことが祐司には不思議でたまらない。鈍感すぎるにもほどがある。

「何よその呆れたようなため息は」

「いや、なんでも」

「何でもないって感じじゃないわよ」

 祐司の顔を下からのぞき込むように見上げ、麻衣子が機嫌の悪そうな声を出した。祐司を意識しているとは思えない超至近距離。

 中学時代に彼女に虫が付かないように常に目を光らせていた自分の努力もさることながら、それが完全な成功を収めたのは彼女の無意識の行動が後押ししたという事もある。

 うれしさ半分むなしさ半分。役得だとは思うけど、喜んでいるのが自分だけかと思うと悲しいものがある。

「気のせいだ」

 祐司は断腸の思いで彼女から顔を遠ざけて断言した。

「そうかしら。祐司ってば都合が悪くなるとそーやって顔をそらすよね」

「――あのなあ」

「なによ」

 人の気を知らないで麻衣子は逃げ道をふさぐ言葉をかけてくる。

「お前が何も考えずに顔を近づけてくるからだろ」

「どういうことよ」

 むっとして反射的に口にしてしまうと、麻衣子ががばっと食いついてきた。しまったと思ってももう遅い。不機嫌なにらみ顔に祐司も目を細めて、二人とも同時に立ち止まってにらみ合ってしまう。

 こうなるともう勝負だった。どちらが先に目をそらすかの。

 色っぽさの全くない見つめ合いは過去に幾度となく経験して慣れたもの。確かに慣れているとはいえ、一年以上ろくに話していなかったのだから瞬きもせずににらみ合うなんて、一年以上してない。

 実際のところどれくらいの時間にらみ合ったのかわからない。長くても二、三分程度だろう。それだけもあれば祐司がこの一年間の彼女の変化に気付くのには充分。

 もちろんにらみ合っているんだから視界の端に飛び込むだけしか見えないけれど、彼女の体つきが柔らかくなってるなあとかそういうことはわかってしまった。間近で見るとうっすらと化粧をしていることもわかる。

 よく知っていたはずなのに、知らない間に彼女は少し変わってしまったようだった。

 女の子は恋をするときれいになるという。高校に入ったばかりの頃の麻衣子は化粧になんて全く興味がないように見えていたのに。

 その二つの情報が導く答えは祐司を苛立たせ、麻衣子をにらみつける瞳に険が籠もるのを自覚する。

 朝っぱらから何考えてるんだと頭の片隅で思いながら、祐司は一瞬で麻衣子との距離を縮めた。鼻と鼻がくっつきそうな至近距離に目を見開いた麻衣子が驚いたように飛び離れる。

「な、な、なーっ?」

 さすがの麻衣子も意識せずにはいられなかったらしく顔が上気している。珍しくうろたえた様子で目線があちこちにさまよって、明らかに動揺した様子だった。

「俺の勝ち、だな」

 色々な意味で満足しながらゆっくり口にすると麻衣子ははっと表情を変える。

「く……悔しいッ。ずるいわよ」

「勝負は非情なものだ」

「あんなに顔近づけるなんて反則よ、びっくりするじゃない」

「さっきのお前にそっくり同じ事を言いたかったね俺は」

 祐司の言葉の意図を麻衣子は一瞬で悟ってくれた。

 先ほどよりも動揺した様子で、はっきりと顔をそらす。横顔がみるみる赤くなっていく。初めての反応だった。

 少しでも意識をしてもらえたかと思うと満足感がこみ上げてきて、祐司はにやつかないように気を引き締める。

「小学生でもないんだから、ああいう無防備なことはするなよ」

 俺以外にはな、なんて付け加える度胸はない。できる範囲で忠告しつつ、彼女の鼻先に人差し指を突きつけた。

「祐司もね。あんなことされちゃびっくりするわよ」

「……そうだな」

 彼女が少し身を引くのは祐司にとって好ましい意識を持ってくれたからだろうか、それとも怖がられたのだろうか。普通を装う麻衣子からはさっぱり読み取れなくて祐司は虚しく手を下ろす。

 再び歩き始めると麻衣子が遅れないように横にひっついてきた。

 怖がられてはいないのかな。安心して祐司が横目で彼女を窺うと、じっと彼を見る麻衣子の視線にぶつかった。

「あー。それで、何でまた今日は早いんだ? 日直かなんか?」

 その視線が何故か気まずくて祐司は真正面を見る。

「違うわ。封筒の中身について聞こうと思って」

「あの券なら新聞の契約のおまけにくっついてたもんだから、気にしなくていいぞ?」

「そうじゃなくて」

「うん?」

 言いにくそうに口ごもって、麻衣子は言葉を探している。祐司は首を傾げつつ彼女の言葉を待った。

「……何日が都合がいいの?」

 迷いに迷った素振りのあとで麻衣子が口にしたのは迷う必要があったとも思えない一言。

「いつでも。麻衣が都合がいい日でいいよ」

「適当なの?」

「適当って……。あのな、お前が都合が悪かったら意味ないだろ」

 麻衣子が歩みを止めたので祐司もそれに倣う。

「ねえ、それって、どういう意味?」

「どういう意味ってどういうことだよ」

 堅い顔で問いかけをよこされても意図することが全くわからない。

「ほら、他の人の都合とかさ」

 祐司は続く言葉に彼女の意図を悟る。さすがに自分がひどく渋面になったのを感じ、それを誤魔化す気にもなれなかった。

「麻衣しか誘ってないから、そんなこと気にする必要ない」

「そっ、そうなの?」

「――そう」

 よっぽど自分は怖い顔をしているのだろうか?

 麻衣子は明らかに動揺した様子で顔をそらす。ぶっきらぼうで冷え切った自らの声が祐司の耳をついた。

「久々に、みんなと集まるのかなって思ったわ」

「券は二枚しかないんだよ」

「そっか」

 デートなんて言葉は彼女の頭に一瞬だって浮かばなかったんだろう。それを苦々しい思いで受け止める。

 断られるよりもダメージが大きかった。

 どんな物か想像はできないが、彼女の言う色気のある封筒と便せんでもって誘いをかけたら違ったのだろうか?

 時計の針が巻き戻せない以上、そんなこと考えても無駄だ。

 あるいは先ほど考えたように他に好きな人がいるから祐司の事なんて全く意識していないのかもしれない。そう考えるととても苛立たしい。

 想像ばかりの益体もない思考を振り払って、祐司は一瞬考え込んだ。

「遅くはなったけど、ホワイトデーのお返しだぜ? デートしようって伝えたつもりだったんだけどな」

 そして、歯の浮くような言葉ではなかったけど、祐司に言えるせいぜいの言葉を口に乗せる。

 踏み出さなければこの距離は変わらない。

 時には危険に身をさらさなければ、求める物は手に入らない。

「――え、なっ……!」

 そう思って口にした言葉は麻衣子に変化をもたらした。動揺の度合いが深まり、まず祐司から飛び離れる。

 失敗したかと落ち込みかける祐司の耳に彼女の揺れた声が響く。

「でっ、デートっ?」

 裏返ったような声を耳にして、祐司はゆっくりとうなずく。ちらりと横を確認すると麻衣子が馬鹿みたいに口を開けているのが見えた。

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